Yamaki Satomi

フルーリスト

フランス人のご主人と結婚してスイスのローザンヌに移住。日本にいた頃はフルーリストとして心斎橋のフラワーショップ「Nymphea」を経営。現在はご主人とご子息と3人でレマン湖の見える家に暮らしている。

レマン湖のほとりから

3スイスの花事情

前回までのあらすじ

パティシエ修行、パラグライダーでの事故、そして心斎橋のフラワーショップNympheaと、思いがけない転機の連続のなか、山木さんが辿り着いたのはスイス。そこでもまた山木さんを新しい運命が待ち受けていました。

フランス人の主人との出会い

レマン湖の畔に咲いたチューリップなど。

Nymphea(編集部注:山木さんが心斎橋で経営していたフラワーショップ)が立ち退きになってからは自宅でオーダーを頂いて花の仕事を続けつつ悶々としていた頃、色彩学の先生の勧めで、スイス在住の娘さんを訪ねる話が舞い込んできました。
私の将来を心配した母は「旅行なんて行ってる場合じゃないでしょ!!」と難色を示しましたが、私は腹をくくって「この旅行から帰ってきたらお見合いでもして結婚する」と約束し、気分転換にスイス行きを決めました。

意外と臆病な私は、初めての海外一人旅に緊張しておどおどしていたのかチューリッヒの空港で何度もスーツケースをチェックされたりしましたが、なんとかスイスの先生の娘さんの家にたどりつきました。
いつもなら旅先ではあちこち動き回りたいタイプの私ですが、その旅では家の中で何も考えずにボーっとしていました。お花屋さんのスタジェ(編集部注:研修や見習い)にも行かせてもらいましたが、やはり言葉ができないとなかなか難しいものです。

その家はご夫婦と息子さんがいて、西洋人らしくYes・Noをはっきり言わないといけないけれど、その分自分がとても自然体でいれることを感じました。
そしてそこで知り合ったご夫婦のお友達こそが今の私の主人です。
まっーーーーーたくときめいたわけもなく(ごめんなさい…)、私はフランス語も英語もできなかったので話にもならず、レストランに入っても散歩に行ってもはじめは無言でした。

外国の人と結婚したいと思っていたわけでもないのに、不思議ですね。ほんとに不思議。
彼は自由な旅人で私は旅は苦手。彼のできること、例えばスキーやヨット、音楽のことなども私には全然何もわからない。とにかく一緒にできることがないんです…。それでも月日を重ねるにつれて、一緒にインドにいったりカンボジアに行ったり、自然に一緒にいられるようになりました。
一緒に暮らしていると、目の色が違うから見え方も違うし、皮膚も違うから体感温度も違う。日本人は隠すのが美徳、西欧は表現してなんぼ。日本風の曖昧な「はい」と「いいえ」はまったく反対の意味に受け止められたり…考え方や文化の違いにお互いに苦労しました。

スイスに移住する決意、そして結婚、出産

スイスでは家に友だちを呼んだり呼ばれたりするときには、単独ではなく必ず恋人や家族と一緒に行きます。わからないフランス語の中で4時間も5時間も過ごすのはただただ忍耐です…。日本に帰ろうと思えばいつでも帰れたはずなのに、それでも彼と一緒に居ようと思えたことが不思議でした。

どんな小さなことでも迷ってなかなか決められない性格なのに、一時帰国した際には迷わず母にスイスで暮らすことを告げ、車や、倉庫に大量にあった花の資材、パティシエの道具身などもすべて処分しました。決意…というよりも、自然にそうしていたのです。

思えばスイスに来てからというもの、友達の家に行っても以前にもそこに来たことがあるような感じがしたり(デジャヴ déjà-vuって言うんですかね)、この土地には不思議と惹きつけられることが多く、評判の占い師にも「天命だ」と言われました。そんなわけで私は自然な成り行きに任せることにして、ついに完全にスイスに移住したのでした。

初めの1〜2年は相変わらず試練と忍耐の連続。その頃はSkypeもYouTubeもなく、日本語を話す=声を出す機会が少ないことがストレスでした。それでも街へ買い物に行き、慣れない料理を作り、服装もだんだん変わっていきました。まるでもう一人の自分を見ているようでした。
やがて、ビザの関係もあり、私たちは結婚という形をとることになりました。
とは言え、結婚となれば一生の一大事です。
この迷い症のわたしが不思議と何の疑いもなく結婚に至ったのは、まさに運命としか言いようがありません。国際結婚なので、書類を集めたり、なかなかスムーズにいかず返事待ちの日々でした。

以前の仕事柄、私は随分たくさんの結婚前のカップルとお話をしてきました。引き出物のお菓子からウエディングブーケの相談まで。なにしろ結婚は大切な一大イヴェントです。勿論カップルは皆幸せそうで、特に女性は一生で一番美しく輝いてる時だと思います。
しかし、私の場合は結婚前の苦労ばかりが印象に残っています。母がスイスに遊びに来てくれて、私たちは依然として書類の手配街だったのですが、突然市役所から結婚式の日程の通知が来て、運よく母にも立ち会ってもらうことができました。
なぜ市役所で結婚式?と思われる方もいると思いますが、こちらの「結婚式」は、決められた日に立ち会い人と一緒に役所に行ってサインをするだけなんです。大掛かりにパーティをする人もいるけれど、たいていはサインをして知り合いと庭などに集まって乾杯するぐらいのようです。
私たちも急だったので、ブーケさえ持たずに式を執り行いました。花の仕事をしてきた娘がブーケも持たなかったことを母は残念に思っているようですが…。

その翌年、44歳で無事元気な男の子を出産。怪我の後遺症もあったので、周りの誰もが心配し、同時に喜んでくれました。

スイスの花事情

スイスに来てからは、たまに掃除をしながら庭に茂ったシダを切って束ねてみるぐらいで、どういうわけかブーケを組んだりアレンジやリースを作る欲がなくなっていました。大阪で店をやっていた頃は毎日花を触ってたい!と思ってたしリースの素材となるつるや苔などを手に入れてはドキドキしたものですが、ここでは庭につるも苔もあり、赤い実もある。きれいだとは思うけれど、それをわざわざ装飾して…とは思わないのです。そのままで十分きれいだからですかね。
以前は花市場で仕入れしていたヘデラベリーなどの緑も庭の垣根になっていてわんさかあるし、時々「あっ、これ花市場で5本ひとくくりで◯◯円やったなー」などと思うぐらい。

日本では高価な「宿り木」。松の木などに寄生している様子。

自然豊かなスイスでは、花屋の私も知らなかったことがたくさん。
例えば、市場で見るのは切り花ばかりですが、こちらではライラックも木の状態で植わっています。しぶーーい色のあじさいが「秋色あじさい」という名前で売られていて、そういう品種なのかと思ってたら、春に咲いてるドピンク色の普通のあじさいが秋までずーーっと残って渋い色に変わっただけだったり…発見が色々です。
日本の花市場では高価で特別発注をかけなければ手に入らなかったイングリッシュローズも、お向かいの家に大きな木となって咲いています。まさに宝の宝庫ですね。

洋書で見て憧れていた白いズッキーニなどは、これも胸がつまるほど欲しかったけど、当時の日本では手に入らず、それさえもこっちのマルシェで量り売りで売っていたのです。
松の木などに寄生する「宿り木」も日本では高価で憧れの植物のひとつでしたが、近所の大きな木にいくつも自生しているのを見かけます。この宿り木、クリスマスシーズンにはマルシェ(市場)に並んでいて、ひとかたまりの枝を下に向けて家のドアなどに飾ります。その下を通ると幸せが訪れるとか。もともとヨーロッパでは宿り木の下でキスをすると好きな人と結ばれるという言い伝えもあるそうです。

花は女性だけのもの?

スイスではどの地区にも大きな公園がたくさんあり、公園や湖沿いの植え込みの花はしっかりと手入れされており、汚くなる前に植え替えられていつもきれいで関心します。あちらこちらで庭の仕事をする人(jardinier)を見かけます。
花の種類は日本と同じだけれど、同じ花でも空気のせいか色がとても鮮やかで発育がよく、たんぽぽでさえもきれいです。湿気が少ないせいか、木の葉っぱの虫食いが少なくとてもきれいです。芝生も年中緑色です。

歌でおなじみのエーデルワイスー高山植物ですがー季節になると近くのスーパーでポットで売ってます。Nympheaの頃は珍しい観葉植物を仕入れて手のひらサイズのものを売っていましたが、こちらで散歩していると、湖沿いなどに3〜5メートル程の大きいものがどーんと生えているのでびっくりします。
そう言えば、こちらではカラッとしていて花の日持ちもいいからか、プリザーブドフラワーはあまりみかけません。

日本では男性が花を買う習慣がないようで、お店の中に入るのも恥ずかしいのでしょう。そんな男性にとっては、道路に面していて扉を開けっ放しの私の小さな店はもってこいだったようで、男性客もよく来てくださいました。
一方スイスでは男性が花を買うことはごく普通のことで(こちらの男性は育児にも携わるし、食事の後片付けもやってくれ人が多いみたい。我が家は違うけど…)、バレンタインには男の人が女性に花束や一輪のバラなどを贈りますし、空港で家族や知人を迎える時も到着口で「いらっしゃい」とか「お帰りなさい」の意味で花束を渡したりします。ジュネーヴ空港にあるお花屋さんも大きくていい感じです。私も日本に里帰りからスイスに戻ってきた時に迎えに来てくれた主人に花束をもらった時にはびっくりしました。そういう習慣だったんですね。ベルギーやギリシャに主人の友達を尋ねた時も同じでした。

日本の植物とスイスの植物の違い

大きくて野性的な松の木!日本風の侘び寂びとは無縁です。

物価が高いことで知られるスイスでは、花の値段もやはり高いのですが、マルシェで花をがさっと買って帰る人をよく見かけます。
スイスの花のアレンジやブーケのスタイルは、私が日本で勉強したものとほとんど同じです。ただ、ラッピングは日本のようにコットンやホイルやビニールなどで茎を巻かずに、切りっぱなしのむき出しです。
お花屋さんの前を通るとぷーンと懐かしい香りがして、花に囲まれて仕事をしていた頃の記憶が蘇ります。広場や道路でお客さんと会話しながらブーケを組んでいる人を見ても、昔の自分を思い出したりもします。

自然に生えている藤。

ところでスイスにも四季があって、気候は日本とにているし、植物の種類もだいたい同じですが、何かが違う…。それでよく考えてみる、とにかく木が大きいんです!背が高すぎる。松なども剪定されず自然に生えていて、根っこもこぶのようにむき出し。ダイナミックで生命力を感じます。
近頃はお寿司やいけばな同様、日本の文化が注目されていて、日本風の庭にしたいなどという話もよく聞きます。こちらの人がZEN(禅)と呼ぶ考え方です。庭に池をつくってみたり、竹や紅葉を植えてみたり、石を並べてみたり、こだわる人は小さい鉢に大木の苗を植えて盆栽風にしたりもするそうです。

藤や木蓮も春になるとそこらじゅうに咲いて、しかも大木でたっくさんの花芽をつけて本当にきれいです。藤やすすきなどはいかにも日本的な印象ですが、こちらでは藤は藤棚にせずに自然に生えているし、景色の違いもあってか、どうしてもヨーロッパの藤、ヨーロッパのすすきに見えます。

まだまだ旅は続く!

春の庭のお祭でJardinier(庭師)の体験をする子供。

山の方へ行くと伝統的なスイスの山小屋が立ち並び、窓辺には必ずゼラニウムがずらりと並んで咲いています。庭にはベコニアもよく見かけるし、とにかく色鮮やかで大きいのでびっくりします。
季節によってはたくさんの高山植物が自然に生えていて、中には日本の花市場で仕入れていたような植物が野生で咲いている姿を初めて見ることもあります。自然の中で生きてる花と、花屋で売られている花とでは、花の人生もずいぶん違うんだろうな…と考えさせられます。

日本にいた頃は働き詰めで、やっと取れた休日にも「動かな損!」と思っていたけれど、今はレマン湖や大自然に囲まれた暮らしの中でゆっくりと時間が流れていて、鳥の羽ばたく音が聞こえるほどの静けさに感動したり、これって無駄な時間を過ごしてるのではなく贅沢な貴重な時間だなぁ、と感じられるようになりました。

近頃私は花を触っていないのに、なぜか7歳の息子は小さい時からレゴや車のおもちゃよりもとにかく花が大好きです。不思議ですね。スイスの美しい環境で思いがけず天使を授かったことを大切に、何はなくとも家族元気で仲良く暮らしていかなければ、と思っています。

これまで色々なことがありましたが、次の10年後はどこでどうしてるんだろう…?
私の人生の旅はまだまだ続きそうです。

レマン湖のほとりから

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