Fujioka Nobuyo

インテリアエディター

インテリア雑誌『PLUS1LIVING』ハウジング雑誌『はじめての家づくり』などの編集長を経て、現在では『編集脳アカデミー』主宰として住宅や編集に関するセミナーやコンサルティングを行う。

旅で見つけた心地のいいインテリアのヒント

The Red House (William Morris House)

レッドハウス(ウィリアム・モリスの家)

ウィリアム・モリスが新婚時代の5年間を過ごしたことで知られるレッド・ハウス。当時はケント州、現在ではロンドン市ベクスリー区の一角に位置し、歴史的建築物を保護する団体ナショナル・トラストによって所有・管理されている。ガイドツアーが設けられており、管内を観覧することができる。カフェやショップも併設している。

2アートとともに暮らす ~ ウィリアム・モリスのレッドハウス

「旅で見つけたインテリアのヒント」、 2回目は、ウィリアム・モリスのレッドハウスの訪問記をお届けします。

「モダンデザインの父」が自分のためにつくった家

ウィリアム・モリス。
インテリアに少しでも興味のある人で、その名を知らない人はいないでしょう。イギリスのヴィクトリア朝末期に生まれ、インテリア、特に壁紙やインテリアファブリックスの内装デザインで活躍した人物です。Wikipediaには、「モダンデザインの父」と呼ばれる、とありました。アーツ&クラフツ運動の提唱者として有名ですね。

彼の言葉、「役に立たないものや、美しいとは思わないものを家に置いてはならない」は、持たない暮らしを愛する人々は必ずと言っていいほど引用する名言です。私も、こんな暮らし、住まい方に、とっても憧れます。

ウィリアム・モリス(1834 - 1896年)

手仕事を愛するモリスが残したイテンリアファブリックスには、たくさんの名作がありますが、よく知られているのは、風にそよぐ柳の葉が美しい「ウイローパターン」、野の花が愛らしい「デイジー」あたりでしょうか?絵画のような絵柄は独特で、150年たつ今でも、それを超えるものが見当たらないと思います。そういう意味では、まさにアートと言っていい作品ですね。

実はモリスは、これまた高名なアーティスト集団「ラファエル前派」にも縁がありました。若いときは絵も描いていたそうなのですが、残念ながら画家としてはまったく評価されなかった。そのためインテリアデザインのほうに進んだ、という見方もあるそうです。そして、ラファエル前派の中心的人物、画家ロセッティのミューズであるジェーン・バーデンを、なんとロセッティの弟子にあたるモリスが妻にします。なんだか、その段階から妖しい空気が漂いますが(笑)、その妻との新居として建てたのが、ロンドン郊外にあるレッドハウスです。
モリスと妻ジェーン、ロセッティの関係はなかなか複雑なのですが、まずは、その住まいをご紹介しましょう。

中世のゴシック調を模した“素朴な”デザイン

レッドハウスは、ロンドンからテムズ川の河口に向かって東へ、グリニッジの少し先くらいに位置する、ケント州Bexleyheathベクスリーヒースの住宅街のなかにあります。2003年からはナショナルトラストが管理しています。

ロンドンのチャリングクロス駅から鉄道で約30分のところにあるBexleyheathが最寄り駅。プリペイドのOyster card(イギリス版のSuica)でも行けるので、ちょっとがんばれば自力で行ける場所です。Bexleyheath駅からは4分の3マイル歩きますが、道路には目立つ標識が出ています。レッドハウスまでは2回、曲がるところがあるのですが、曲がり角にも標識が出ているので、迷うことなくたどり着けると思います。

その名のとおり赤レンガの建物は、装飾が少ない素っ気ない外観です。モリスが主導したアーツ&クラフツ運動は、中世の手仕事に帰り、生活と芸術を統一することを志向していました。このレッドハウスのデザインも中世のゴシック調。でも、こうして写真で見ると、現代でも通用するくらいにシンプルでモダンですね。

モリス自身が住まいのラフプランを起こし(実際の設計は友人の建築家ウェッブが担当)、建物に合わせて家具や内装をデザインしました。伝統的なヴィクトリアンの住宅に比べると、家の中もデザインはいたってシンプル。廻り縁や壁面パネルなどの装飾はありませんが、内装、家具はもちろん、暖炉などの設備やドアや窓などの建具までがオリジナルデザインで、実は非常に凝った造りです。

たとえば、この玄関ホール(写真:右)。右手の収納家具はモリスのオリジナルデザインですし、階段の手すりや柱もシンプルながらデザインされていますよね。

玄関ホールの右手にあるダイニングルーム。
壁にはモリスがデザインした壁紙が張られていますが、基本は漆喰壁とフローリングのシンプルな内装です。レンガの暖炉も形はすっきりしています。華美な装飾のイメージがあるヴィクトリアンのインテリアとは対極にあるインテリア。手仕事がキーワードのアーツ&クラフツに、いつも“素朴さ”がつきまとうのは、きっとこういったインテリアからきているのかも?と思います。

アートとインテリアが一体になるという“装飾”

一見すると、飾り気のないように見えるレッドハウスのインテリアですが、決して装飾がないわけではありません。それは2階のプライベートルームに行ってみるとわかります。
 
まず、メインのベッドルーム。私が訪問したときはちょうど壁の修復中だったのですが、実は一面の壁画が施されています。壁画、ですよ(笑)。


壁に近寄ってみると、こんな感じ(写真:右)。

中世の婚礼の様子が描かれた壁画は、近年の研究で、複数のラファエル前派の画家によるものとわかったそうです。きっと、仲間たちがモリスの結婚を祝って、こぞって新居の装飾をプレゼントしたんでしょう。美しいステンドグラスの丸窓も、ラファエル前派のバーン=ジョーンズの手によるもの。

アーツ&クラフツ運動の目的は、「中世の手仕事に帰り、生活と芸術を統一すること」ですが、それは、インテリアとアートが一体になる、ということも意味しているのでしょう。


「アートで部屋を飾りたい」というのは自然な想い

部屋を飾る、というと、過剰な装飾(特にエレガントとかラブリーなもの)が浮かんで、おしゃれを志向する人たちは「おしゃれ=シンプル」に傾きがちですが、私は「飾る」ってもっと自然な心の動きだと思っています。イギリスの美術館やマナーハウスを回っていると気づくのですが、欧米での絵画の飾り方は日本人の目にはちょっと過剰に見えます。たとえば、風景画や宗教画のコレクションが壁一面に飾ってある、なんてことがあります。

美術館で最初に目にしたときは、「展示スペースが少ないから、全部並べちゃったの?」と思ったのですが、むしろこちらがスタンダードだということを、マナーハウス巡りや古い絵画に描かれたインテリアを見て知りました。自慢のコレクション、いつも見ていたい絵画を、壁一面に飾る。シンプルにそういうことなんですよね。あ、もちろん、飾り方のセンスは必要ですが。 レッドハウスの壁画は、それが額絵をはみ出して壁に描かれただけ。アートって、もっとインテリアになっていいんだ、と思わされました。


こんな感覚は日本にはない。
と、思いがちですが、日本の中世のころ、室町時代以降のお城や神社仏閣には、部屋の四方を飾る襖絵や、絵を描いた格子天井がありました。つまりアートに囲まれるインテリアは、日本にもあったのです。ただ庶民にはそれができなかった、というだけ。イギリスでも、白い漆喰壁と木のフローリングのインテリアは、基本的に「むき出しのまま」と捉えられます。「装飾する余裕がない」とみなされるのですね。フローリングや禅スタイルの大流行があったので、現在は、白壁とフローリングのプレーンなインテリアが人気ですが、「アートを飾る」という部分は残っていて、壁はそのステージとして使われています(ぜひ第1回の画像もご覧ください)。

モリスのレッドハウスの話に戻ると、友人たちが描いた壁画をのぞくと、基本的にインテリアはシンプル。だからこそ、モリスが施したインテリアファブリックスやデザインが、アートとして映える、ということだと思います。中世の素朴さを感じさせる空間に、芸術的なファブリックスやステンドグラス、ペイントを、アートとして加える。この按配は、ぜひ一度、空間として体感してほしいです。

さて、おまけの話。
モリスと妻ジェーン、ロセッティは、いわゆる三角関係。惹かれあっていたロセッティとジェーンですが、ロセッティにはすでに婚約者があり、互いに違う相手と結婚したものの忘れることもできず…という成り行きでした。レッドハウスののちにモリスが移り住んだケルムスコット・マナーでは、モリスの家族とロセッティとで共同生活をした、というのですから、それぞれの心中はいかばかりだったのでしょう。モリスが丹精込めたであろうレッドハウスでの新婚生活も、たった5年で終わってしまったと聞くと、愛の不条理を想ってしまいます。
あら、変な結びになってしまいました(笑)。

次回は、ロンドンの激狭ホテルのインテリアの話をしたいと思います。

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