Ochiai Naoya

BL出版 代表取締役

知育絵本『チャイクロ』やデビット・マッキー著『ぞうのエルマー』、ガブリエル・バンサン著『アンジュール』など数々の児童書の出版で知られる神戸の出版社。

心に届く絵本ができるまで

ベルギー ブリュッセル南駅

Gare de Bruxelles-Midi

ブリュッセル南駅は、ベルギーの首都ブリュッセルの中心部にある町最大のターミナル駅。ヨーロッパ諸国の都市を結ぶ高速列車や、インターシティ、メトロ、トラムなどが乗り入れており、カフェやショップもたくさんあることから観光客や地元の人たちで連日賑わっている。

1ガブリエル・バンサンとの出会い

ガブリエル・バンサン著『アンジュール(Un Jour, Un Chien)』原版は1982年、日本版はブックローン出版(現BL出版)より1986年に出版

ブリュッセルへ、バンサンに会いに

ベルギーの絵本作家、ガブリエル・バンサンさんの作品との出会いは、1983年に日本語版を発行した絵本「くまのアーネストおじさん」シリーズである。私の大好きな絵本『アンジュール ある犬の物語』も彼女の作品である。疾走する車から道ばたに投げ捨てられた一匹の犬。車を追うがすぐに見えなくなってしまう。道の遠くを見つめる後姿、岸辺での遠吠え…。その犬の彷徨する一日を、卓越したデッサンで描く。それは、言葉のない絵本である。

バンサンさんに会いたいという長年の夢が1996年の春、イタリアのボローニャで開催されるブックフェアの帰りに実現することになった。バンサンさんのアトリエは、ブリュッセルの南駅からタクシーで15分ほどの小さな広場にあった。白い扉には小さく”Monique Martin”(本名)と書かれている。私は、呼び鈴を緊張しながら押した。「ボンジュール」。優しい笑顔で迎えてくれ、緊張がふっと解けた。三階の居間に通されると、テーブルの上にはクッキーとカシスのジュースが用意されていた。甘酸っぱいカシスの味は今でも忘れることができない。

バンサンさんとは、イタリアを訪れた時のデッサンを見せてもらった後、話がこれからの作品のことに及んだ。ベルギーでは、商業ベースにのりづらい作品は出版が難しくなっており、新作の構想はあってもなかなか思うように描けないということだった。

日本の読者のために生まれた『ナビル』

帰国後、バンサンさんに手紙を書き「日本の読者にオリジナル作品を描いてほしい」と、お願いした。1997年秋、彼女から小包が届いた。それは『NABIL』と書かれた130頁に及ぶ大作に驚きと感激が交錯した。私は、幾度となくラフと向き合い、作品に込められた想いをひしひしと感じていた。今は亡き訳者の今江祥智先生に背中を押され、1999年、再びブリュッセルに向かい、バンサンさんに出版の意向を伝えた。印刷、紙、判型等を打ち合わせし、テスト用の原画を預かってきた。

そして、2000年4月、完成した『ナビル ある少年の物語』を手に、バンサンさんの自宅の扉を叩いた。白い扉の向うには、変わらない笑顔があった。通された居間に、日本で出版された全作品が並べられていた。私にとって何よりの最高のもてなしだった。

遺作となった『ヴァイオリニスト』

そして、次作の『ヴァイオリニスト』の原画を預かった。帰国後、『ヴァイオリニスト』の編集にとりかかった。しかし、9月24日、バンサンさんの訃報を知らせるFAXが届いた。これから、色校正など打ち合わせをしなければと思っていた矢先だった。この絵本は、青年と少年の心のふれあいを描いており、そこには必ず「窓」があり、表紙と裏表紙に「窓」をレイアウトした。この表紙をバンサンさんは、きっと気に入ってくれるだろう。

2001年春、バンサンさんの墓前で、遺作となった『ヴァイオリニスト』の報告をした。

バンサンさんが亡くなって15年になるが、私の心の中では『アンジュール』の犬が今でも駆け回っている。

ガブリエル・バンサンの主な作品

「くまのアーネストおじさん」シリーズ

最新刊として、2015年8月22日より、東京渋谷シアター・イメージフォーラム他、全国の劇場にて長編アニメーションが公開される『くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ』のアニメーション絵本版が発売予定

Comment from the Curator

初めて犬との生活が始まった26歳から、手にする本や景色の変化が起きた。そんな頃出会った1冊の絵本『アンジュール』。実家を離れて暮らすようになってから初めての父の誕生日にこの本を選びました。

自身の経営する「carbon」でもギフト本として常にお客様にオススメしていました。ある日、サラリーマン風の男性がフラッとお店にいらっしゃった。こんな雑貨店に何の躊躇もなく入って来られたから、海外によくいかれる方なのかな?そんな印象でした。男性が本棚に向かいいろんな絵本を見られていたので「この絵本、文字がないけどスゴイんです」っとアンジュールを取り出しました。

アンジュールを手にした男性が下向き加減に本を見ながら、かすかな笑みで「ありがとう、これね、僕とこから出してるんですよ」一瞬、何を言ってるのか意味がわからなかった。それが、落合さんとの出会いでした。

今回、落合さんに書いていただいた原稿は『絵本作家ガブリエル・バンサン』(BL出版)の中から落合さんの言葉で頂いたものですが、本編ではより細かなバンサンさんとのやりとりが書かれていてお二人の深い絆を感じるエピソードもあります。ぜひ、みなさまに読んでいただきたいです。それに、バンサンさんの作品との距離がグッと近くなります。

私はバンサンさんの絵本の中で『テディ・ベアのおいしゃさん』が好きです。読み終えた後、ものすごく優しいキモチに一瞬でなれました。本の影響で目の付いてる全てのヌイグルミは捨てれなくなり、愛犬のおもちゃのヌイグルミまで針でチクチクするようになりました。笑!

バンサンさんはブリュッセルにある裁判所で、法廷でのスケッチを20年間続けたそうです。『裁判所にて』を読んだときはその事を知らずに手にして、なんだか暗いな~っと思っていました。それから15年の時を経て今ならどんな風に読めるだろう。

心に届く絵本ができるまで

1

7月30日公開

ガブリエル・バンサンとの出会い

時代や国境を超えて多くの人に愛され続けている絵本『アンジュール』などを出版するにBL出版の落合さんが、著者のガブリエル・バンサンとの出会いを振り返ります。

2

10月20日公開

今江祥智先生を偲んで

絵本作家・翻訳家の今江祥智(いまえよしとも)さん。バンサンの『アンジュール』を通じて出会い、BL出版から数々の名作が生まれました。落合さん自身も今江先生の言葉に何度も励まされた経験を心に留めています。

3

12月1日公開

世界の街角から – 市川里美...

フランス、モンマルトルを拠点に、世界の街角で目にしたものを絵本に描く市川里美さん。サハラ砂漠、アンデス、プエルトリコ、市川さんの居る場所には子どもたちの夢があり、冒険があり、優しさがあふれています。