Ochiai Naoya

BL出版 代表取締役

知育絵本『チャイクロ』やデビット・マッキー著『ぞうのエルマー』、ガブリエル・バンサン著『アンジュール』など数々の児童書の出版で知られる神戸の出版社。

心に届く絵本ができるまで

モンマルトルの丘

もんまるとるのおか

パリの街を一望できる小高い丘。その地形ゆえに、坂や階段が多い。セーヌ川の右岸に面しており、サクレ・クール寺院や、映画の舞台として有名なキャバレー「ムーラン・ルージュ」、著名人が多く眠るモンマルトル墓地など、観光名所が数多く集まっている。19世紀から20世紀にかけてはピカソやゴッホ、モディリアーニなどが愛した画家の町としても賑わった。

3世界の街角から – 市川里美さんの絵本

モンマルトルの露地を歩くと、家々の間からサクレ・クール寺院が不意に姿を現す

モンマルトルの丘に市川里美さんを訪ねて

作/絵=市川里美『とんでいきたいなあ』BL出版

芸術家たちが集まるフランス・パリ市モンマルトルの丘にアトリエを構える絵本作家、市川里美さんを訪ねたのは、2010年4月だった。
かねてより市川さんの絵本をつくりたいと考えていたが、思いが叶い、同年7月滋賀県の美術館で開催の「ワーナデット・ワッツ&市川里美絵本原画展」に展示する絵本『とんでいきたいなあ』を出版することとなり、その打ち合わせのためだった。

市川里美さんは1971年にパリを訪れ、フランス語もわからぬまま、ここで暮らそうと決心された。そして、ある蚤の市での一冊の絵本(絵/モーリス・ブッテ・ド・モンベル)との出会いから、絵本作家を志し、独学で絵を学ばれた。描きためた絵を持ちイギリスの出版社をアポなしで訪問したところ、その場で出版が決まったそうだ(編集者の私としては、市川さんの実力はもちろん、かなりの強運の持ち主だと思う)。


市川さんの日常は、絵本の中の1ページ

市川さんのアトリエにて
『とんでいきたいなあ』のモチーフになった飛行機とぬいぐるみ
ベランダの向こうにはサクレ・クール寺院が見える

アトリエからは、サクレクール寺院を望むことができた。『とんでいきたいなあ』は、木の飛行機コスモスと、ぬいぐるみの犬ヴォギーが大空を冒険する絵本である。彼らは、市川さんが蚤の市などで見つけてきた、お気に入りのコレクションだ。第一画面でコスモスとヴォギーが飛び立つのは、市川さんのアトリエのベランダ。まさしくここが、サクレクール寺院を目指し冒険が始まった場所なのだ。打ち合わせの後、近くを案内してもらった。市川さんが「ここがコスモスとヴォギーが帰ってくる路地なのよ」と言われた。サクレクール寺院や街燈が描かれた絵本の中の1ページと同じ風景が、そこにはあった。

2011年も、イタリア・ボローニャでのブックフェアの帰途、市川さんのアトリエを訪ね、絵本の制作秘話を楽しく伺った。『ぼくのきしゃポッポー』のカモ、ヒツジ、クマや『せんせいといっしょ』のゾウ、キリン、パンダなど、絵本に登場するぬいぐるみたちと対面させてもらった。古いぬいぐるみたちは、やぶれたり、穴があいていたりした所がすべて修理されており、市川さんの優しさが伝わってきた。

世界の街角から届く市川さんの絵本

作/絵=市川里美『ジブリルの車』BL出版

『ジブリルの車』に描かれた空き缶とゴムぞうりで作られた車
市川さんがサハラ砂漠で出会った少年から購入したもの

市川さんは、スケッチブックを抱えてアフリカや南米などに出かけていく。現地の人々や動物たちを描いたこのスケッチブックから、多くの絵本が生まれている。

2012年には、アフリカ・サハラ砂漠で出会った少年の話を伺った。訪れたある村で、少年が手作りの小さな車を持っていた。車体は空き缶を切ったもの、タイヤはゴムぞうりの一部、車軸はボールペンだった。素朴な車だが、一生懸命に車を作った少年の気持ちが伝わってきた。市川さんがそれを購入すると少年は喜んだという。そして『ジブリルのくるま』いう絵本を描きあげた。この作品は、フランスのエコール・ド・ロワジール社から出版されていた。日本語版制作にあたっては、その出版社から印刷データを譲り受け日本で印刷したのだが、この時市川さんのアトリエにあった原画を見せてもらえていたので、砂漠の微妙な色合いなどを反映することができた。

作/絵=市川里美『森からのよびごえ』BL出版
中南米プエルトリコの旅から生まれた色鮮やかな美しい絵本

このほか、ペルー・アンデスの山で暮らす少年が主人公の『じゃがいもアイスクリーム?』、プエルトリコのオウムの友情を描いた『森からのよびごえ』など、市川さんは読者を様々な新しい世界へ誘ってくれている。

市川さんはカメラを持たず、時間をかけてスケッチをされる。そのことで、絵に想いが込められ、お話に深みがでるのだろう。最近はインドを旅していたそう。どんな絵本と対面できるか、楽しみである。

今回紹介した市川里美さんの絵本

作/絵=市川里美『とんでいきたいなあ』BL出版

とんでいきたいなあ
BL出版 2010年

木の飛行機のコスモスはぬいぐるみ犬のウォギーとおもちゃ箱を飛び出してモンマルトルの町を探検します。モンマルトルにアトリエをかまえる市川さんの暮らしがそのまま絵本の世界に入りこんだような作品。

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作/絵=市川里美『せんせいといっしょ』BL出版

せんせいといっしょ
BL出版 2013年

子どもたちに対する先生の深い愛情を、思慮深いやさしい言葉で綴った作品。マリアン・クシマノ・ラブの詩(木坂涼訳)に市川さんが絵を付けて、みずみずしい動物たちの物語に仕立てました。

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作/絵=市川里美『ジブリルのくるま』BL出版

ジブリルのくるま
BL出版 2012年

砂漠の村に暮らすジブリルはくるまが大好きな心優しい男の子。らくだとやぎの世話をしながら拾った空き缶やサンダルで自動車のおもちゃをつくるのが何よりの楽しみ。そんなジブリルが今一番ほしいものとは…。

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作/絵=市川里美『じゃがいもアイスクリーム?』BL出版

じゃがいもアイスクリーム?
BL出版 2011年

木も野菜も生えないアンデスの村ではじゃがいもが主食です。ルーチョはなかでも甘いじゃがいもが大好き。村でお祭の準備がはじまったころ、ルーチョはアルパカの親子にひそかな夢を打ち明けます…。

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作/絵=市川里美『森からのよびごえ』BL出版

森からのよびごえ
BL出版 2014年

オウムのパトリシオはかごから出たことがありません。ある日窓辺にやってきたレナータに誘われて、広い外の世界に飛び出しました。パトリシオが憧れの森で様々な体験をしながら成長する物語。

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Comment from the Curator

市川さんのお話は旅の詩情が描かれていることが多くて、いろんな国で感じた事を
切り取ってカワイイお話になっています。だから、その国のことをちょっと調べてみて読んだりするのも旅行した気分になったり、眠りにつく前の子供に旅をさせてあげることもできるんじゃないかなって思いました。
フランスの風景も集められたヌイグルミもパリにフラッと訪れたような気にさせられました。1971年にフランスで暮らそう!ってどうして思えたのかそんな事もお伺いしたいです。私の初めての渡仏は1991年でした。その時、ココで暮らしてみたいどうにかならないだろうか!っと毎日色々考えたけど、現実的なことを考えると到底そこまでたどり着けませんでした。今回のお話でそんな漲るパワーも合わせて感じるコトが
できました。
これからも異国で描かれた市川さんの本が日本に届くことを楽しみにしております。
                             2015.12.16

 

心に届く絵本ができるまで

1

7月30日公開

ガブリエル・バンサンとの出会い

時代や国境を超えて多くの人に愛され続けている絵本『アンジュール』などを出版するにBL出版の落合さんが、著者のガブリエル・バンサンとの出会いを振り返ります。

2

10月20日公開

今江祥智先生を偲んで

絵本作家・翻訳家の今江祥智(いまえよしとも)さん。バンサンの『アンジュール』を通じて出会い、BL出版から数々の名作が生まれました。落合さん自身も今江先生の言葉に何度も励まされた経験を心に留めています。

3

12月1日公開

世界の街角から – 市川里美...

フランス、モンマルトルを拠点に、世界の街角で目にしたものを絵本に描く市川里美さん。サハラ砂漠、アンデス、プエルトリコ、市川さんの居る場所には子どもたちの夢があり、冒険があり、優しさがあふれています。