Inoue Kotori

イラストレーター・絵本作家

フリーのイラストレーターとして、各メディアでイラストを手がける。絵本作品に、『わたしドーナツこ』(ひさかたチャイルド)、『ちいさなぬま』(講談社)、『かきたいな かきたいな』(アリス館)、『まちの ひろばの どうぶつたち』(あかね書房)、『てがみが ほしい みつあみちゃん』(チャイルド本社)、『やまと うみの ゼリー』(小学館)がある。

方向音痴は散歩する

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3わたしドーナツ+こ

運がよい

こういっては何だけれど、多分、運がよい。

20代前半の失敗を機に、自分が方向音痴であることを自覚し、「目標を持つのはもうやめよう。これからは目的地のない散歩をするようにやって行こう」と決めた私は、いつの間にかイラストレーターの仕事をするようになり、ある時編集長Uさんの一言をきっかけに、突然絵本をかき始めたのであった。そして、初めての絵本らしき不可解なもの『きみと かんでんちと さみしい』のボツを経て、人生2作目の絵本『わたしドーナツ』を、どうやら出版してもらえることになったのだ。

目標に向かって突き進む生き方を続けていたら、きっとこうはならなかった。それは、目的地を決めない散歩だからこそ、偶然見つけた面白い景色だった。むしろ、散歩の途中で出会った面白い人たちにフラフラとついて行ったら辿り着いた楽しい場所、といった方が正確かもしれない。

余談ではあるが、つい先日も、「目標に向かって突き進んだ結果、あらぬところに到着した」私の方向音痴ぶりが発揮されたので、一例として記そうと思う。
足を痛め、病院に行った時のことだ。“足底筋膜炎”という診断を受けた。
足底筋膜炎は、運動をする人に多い症状らしい。私は運動はしないのだけど、比喩的な意味ではなく、実際に近所を無目的に歩き回っていることが多いので、そのせいかもしれない。
医師は私に、ストレッチと湿布の他、靴の買い替えを勧めた。私は普段、キャンバスシューズという、いわゆる運動靴的ではないスニーカーを履くことが多いのだけど、そういうスニーカーではなくて、もっと靴底に厚みがあってクッション性がある、いわゆる運動靴的なスニーカー(医師は親切に、「例えばニュー◯◯◯◯とか」と、メーカー名まで出してくれていた)がよい、とのことで、私は「ニュー◯◯◯◯を買おう」という、はっきりとした目標を持って買い物に出かけのだ。ところがどうしたわけか、家に帰って買物袋を開けてみると、そこに入っていたのは、なんと色違いのキャンバスシューズだった…という体たらくで、我ながら唖然とした。私はこの靴が好きなのだろうな、ということだけが、はっきりした。当然、足の痛みはそのままなのである。

遠足みたいに

編集長のUさんから、『わたしドーナツ』の企画が通ったという知らせを受けたすぐ後に、同じ出版社の編集者Tさんが連絡をくれた。Tさんとは、偶然同じ店の同じセーターを着ていた、という、物語の始まりみたいなことをきっかけに、仲良くなった。年も近く、家も近所で、普段ばったり会うこともあり、何かと気の合う人だった。Uさんと一緒に、Tさんも編集担当になってくれるらしい。Tさんとは、仲は良いものの、まだ仕事を一緒にしたことはなかったので、私は子供みたいにはしゃいでいた。

装丁は、何度か仕事をご一緒したことのある、デザイナーのNさんにお願いした。Nさんもまた年が近く、自分とは全く違うタイプなのだけど、何となく気の合う人だった。Nさんは、普段、どちらかというとカッコイイ感じのデザインをする人だ。私の絵の雰囲気と、一見異質な感じがするけれど、Nさんだったら、きっと可愛くし過ぎずに、この作品の中の、ピリッとした部分を活かしてくれるような気がして、お願いした。

Uさんと、Tさんと、Nさんと、私と。4人で一緒に仕事が出来ることが嬉しくて、私はいい大人のくせに、打ち合わせの日を、遠足みたいに楽しみにしていた。

『わたしドーナツ』から『わたしドーナツこ』へ

最初の打ち合わせで、『わたしドーナツ』は、『わたしドーナツこ』になった。『わたしドーナツ』というタイトルだと、擬人化したドーナツが主人公の、食べ物の絵本だと思われてしまうかもしれない、とUさんから指摘があったのだ。

このお話は、ドーナツが主人公のお話ではない。ドーナツ屋の一人娘“どうなつこ”が、主人公のお話だ。どうなつこは、自分の名前があまり好きではない。名前のことを、からかわれるのではないか?と心配で、明日からの学校も憂鬱。あまりに悩んでいたら、初登校の朝、身体がドーナツみたいになってしまって…というところから物語が展開していく、少しピリッとしたお話だ。

ドーナツみたいになってしまう、ということで、『わたしドーナツ』としていたのだけど、決して食べ物のお話ではない。あくまで、自分の名前が嫌いな女の子のお話だ。

それで、『わたしどうなつこ』の方がよいのではないか?ということになった。ただ、それだとちょっと真面目すぎる感じもした。
そこで、言葉としては、“どうなつ”よりも“ドーナツ”の方が引っかかりがあるし、表記は『わたしドーナツこ』にしてみてはどうか?ということになった。

私はその新しいタイトルを、「とてもいいな」と思った。今見ても、「いいな」と思う。自分ひとりでは、思いつかなかったタイトルだ。だから、タイトルを見るたびに、「あの人たちと一緒に作れてよかったな」と思う。

だんだん本になっていく

作画が済むと、原画を納品して、いよいよデザイン作業が始まる。画の上に、デザイナーさんが文字を乗せてくれると、途端に“ちゃんと”してくる。「本当に本になるんだな」と実感が湧いてくる。

『わたしドーナツこ』は、通常のインクではなく、蛍光色を表現出来るインクを使って印刷している。通常のインクだと、蛍光色は表現できない。例えば表紙のレモン色は、通常のインクだと、くすんでしまうのだ。原画の色味になるべく近づける、ということだけではなく、このお話の、一見明るいのにどこか怪しい雰囲気、一見楽し気なのにどこか不安気な感じは、蛍光色と相性がよい。

本文の紙は、クリーム色に見えるけれど、実は白い紙を使っている。元々がクリーム色の紙は、よい風合いがある一方で、色がくすみやすかったりもする。そこで、色の再現性が高い白い紙に、ほんの少し、全体に黄色を印刷することで、クリーム色の紙に見せることにした。蛍光色の強い鮮やかさを活かしつつ、薄く印刷した黄色が、それを少し抑える役割をしてくれた。

見返し(表紙と本の中身を繋ぐ紙)は、クラフト紙を選んだ。ドーナツ屋さんの包装紙のイメージだ。

それから、これは本当に細かいところだけど、ノンブル(ページ番号)の文字は、“0”が、ドーナツみたいに“◯”になっている。デザイナーNさんの遊び心だ。本をお持ちの方には、ぜひ、0のつくページを探して頂き、ご確認頂けたら嬉しい。

真ん中ではない

デザイン作業も終盤に入り、表紙のデザイン案があがってきた時のことだ。
それは、私が描いた表紙画の一部を拡大して、その分一部はカットされたデザインだった(ちょうど、実際の表紙の店舗部分を拡大して、梯子の辺りをカットし、なつこが真ん中にやや大きく配置された状態)。
私はそれを見た時、なんとなく違和感を感じた。
Nさんは、「絵本の表紙は、このくらいシンプルな方がよいのではないでしょうか?」と言った。
それを聞いて、「なるほど、そうか」と思った。今感じた違和感は、自分の描いた表紙画が、想定と違う形になっていたから、ちょっと驚いただけで、そのうち消えてしまうだろう、と思った。

ところがその違和感は、消えるどころか、時間が経つごとに増していった。
なぜだろう?
理由がわからなくて、悶々と考えた。理由もなく、ただ何となく違う、と思うのは嫌だった。自分に対しても、作ってくれた人に対しても、不誠実だと思った。

一晩考えて、気が付いた。
なつこは、真ん中で堂々と出来るような子ではないのだ。
慣れない真ん中で、なつこが居心地悪そうに、私に訴えかけている気がした。

違和感の理由は分かったものの、デザインを修正することが、よいことなのかは分からなかった。なつこを真ん中に置きたくない、というのは、私の個人的な好みでしかないのかもしれない。
私は、思ったことを編集のTさんに相談してみた。Tさんが、「今のままでいいと思う」と言ったら、そうしようと思った。Tさんは、「かいた人が気になることは、伝えた方がいいと思います」と言った。

そして、最初のデザイン案は、修正されることになった。
思ったことを話したら、Nさんも納得してくれた。それで出来上がったものが、実際の表紙だ。
真ん中からずれた位置で、なつこは少し緊張した顔をして、ぽつんと座っている。
「なつこらしいな」と思った。
これが、表紙のデザインとしてよかったのかは、今もわからない。でも私は、真ん中ではない、このなつこが好きだ。

遠足の帰り道、魔法の終わり

全ての作業が終わった頃、季節は夏から冬になっていた。あまりに楽しい数ヶ月だったので、私は終わった達成感や、本の仕上がりを待つ楽しさよりも、寂しい気持ちの方が強かった。まるで、遠足の帰り道みたいな気分だった。

あんなにも、ただひたすらに楽しく、きらきらとした気持ちで本を作れることは、もうないだろう。でもそれは、当然のことだ。
その時私は、自分がまた本を作れるとは思っていなかったから、そういう意味でのプレッシャーを感じることが、ほとんどなかったのだ。それに、初めて通る道には、きらきらとした楽しさがある。それは、“初めて”だけにかけられた、魔法のようなものだ。

でも、2度目に通る道には、初めての時には気付かない発見があるし、何度も通る道には、愛着が湧いてくる。よく知っているからこそ気付く、些細な変化だってあるだろう。いつだって、違った種類の楽しさがあるはずだ。

自分がまたこの道を通るのかは、分からなかった。ただ、終わっていく魔法の、最後の一欠片まで見ていたくて、しばらくそこに立ち止まっていたいような、そんな気持ちだった。


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「わたし ほんとうに ドーナツになっちゃった!!」

本当はドーナツが大好き。でも「どう なつこ」という名前をからかわれるのがこわくて、ゆううつな日々を送る女の子が学校で出会ったのは…。

井上コトリさんのデビュー作『わたしドーナツこ』は、ドーナツが主役?の一風変わったお話です。

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方向音痴は散歩する

1

6月20日公開

私が絵本作家になるまで

「目標を持つのはもうやめよう」。目的地のない散歩に出ることをぼんやりと決意した井上コトリさん。方向音痴だからこそできるそんな気まぐれな散歩が、とても素敵な場所にコトリさんを導いてくれました。

2

7月19日公開

初めての絵本とその前の絵本

出版社の編集長からのアドバイスをきっかけに絵本をかいてみることにした井上コトリさん。記念すべき初めての絵本『わたしドーナツこ』が生まれるまでには、絵本作家になるための大切なことに気づかせてくれた「その前の」絵本の存在がありました。2冊の絵本の誕生秘話。

3

8月23日公開

わたしドーナツ+こ

『わたしドーナツ』から『わたしドーナツこ』へと名前を変えた初めての絵本。タイトルから装丁まで、出版社やデザイナーの方々と一緒に試行錯誤を繰り返しながらだんだん「なつこらしい」本に仕上がっていきました。それは井上コトリさんにとって魔法のような体験となりました。

4

9月20日公開

わたしドーナツこ

いよいよ出版された『わたしドーナツこ』。コトリさんの手元を離れて、読者や周りの人たちから好意的な反響が寄せられました。コトリさん自身も、自らの人生と『わたしドーナツこ』を照らし合わせて、あらためてこの絵本の意味を考えます。

5

10月18日公開

ふたつの卵

絵本作家としてのデビューを果たした井上コトリさん。そこですべての運の貯金を使い果たしたかのように思えたけど、すぐに新しいふたつの出会いがやってきました。料理雑誌の挿絵の仕事と、絵本2作目の話。ふたつの卵が育まれていたのです。

6

11月15日公開

ふたつの卵は孵るのか?

料理雑誌のイラストと新しい絵本。ふたつの卵を抱えた井上コトリさん。2作目の絵本の企画がなかなか通らず、ついに再び「どん底」に。そこで聞こえてきたのは、いつかの自分の言葉とお世話になったU編集長の言葉。その声を頼りに『ちいさなぬま』が完成しました。