KAMAKULANIキュレーターのデキです。KAMAKULANIはこの秋で1周年を迎えました。いつもご愛読ありがとうございます。今回は1周年特別企画として「暮らしと音楽」をテーマに、音楽と私たちの関係についてちょっとまじめに掘り下げてみようと思います。
第1回は「家で聴く音楽」。家具を選ぶように音楽を選んでみるのも楽しいですよ、というお話。第2回は「旅先で聴く音楽」。音楽との偶然の出会いなどを通じて、特別な環境だからこそ好きになれる音楽についてのお話。第3回は「音楽を聴く環境」。昔と比べて音楽を聴く手段が多様化している今、どのように音楽と接 点を持つことができるだろうか、というお話を予定しています。聞き手はKAMAKULANI編集部の音楽に詳しいアベさんです。
芸術の秋ですし、この企画を読んだ方が「たまにはテレビを消して音楽でも流してみようか」と思ってくれたら嬉しいですね。一口に音楽と言っても、正装して聴くクラシックのコンサートから街で流れているポップソングまで色々ありますが、今回は家の中で聴く音楽に焦点を絞ってみましょう。普段ご自宅で音楽を流しますか?
その時々で出会った音楽を聴くタイプなので、ジャンルを問わずなんでも聴きます。数ある音楽の中で、その音楽に出会えたコトに意味があるように思っているのかもしれません。
こんな時代になんですが、私はいまだに家ではCDで音楽を聴いてます。ジャケット、歌詞、写真、イラスト…、そういう色んな要素を手にして聴きたいんです。
僕も自宅ではCDやレコードなどで音楽を聴くことが多いです。MP3は便利ですが、音楽って そもそも聴覚だけで楽しむものではないんですよね。アートワークの視覚とか、誰と聴いたかとか、 ライブだったらその場の臨場感とか、全体として音楽体験が生まれるんだと思います。
さて、音楽のインテリア的側面についてデキさんにお話を伺いたいのですが、その前段として少しサティの話をさせてください。エリック・サティというクラシックの作曲家がいまして、『ジムノペディ』や『グノシエンヌ』などは今でも映画やCMでよく使われるので耳馴染みのある方も多いと思います。彼は1920年に『家具の音楽』という作品を通じて「生活の中に溶けこむ音楽」があってもいいじゃないか、と提唱したんです。
今でこそ暮らしの中に音楽があるのは当たり前ですが、当時は音楽といえば大金持ちの貴族が召使いに家事をまかせて馬車でコンサートホールに聴きに行くもの、という位置づけだったんです。そこでサティは、家に家具があるように、音楽ももっと日常に身近なものになれないか、と考えました。サティの「家具の音楽」の考え方はその後、ポップミュージックや環境音楽などに進化していくわけですが、いわゆるBGM(バックグラウンドミュージック)と呼ばれる「空間の彩り」としての音楽は、サティが元祖なんです。
デキさんはcarbonや8HATI(編集部注:carbonは谷町六丁目、8HATIは福島区の雑貨店。どちらもデキがプロデュースしている)などのショップを運営したり、フクダ・ロングライフデザインでもインテリアに関わるお仕事をされているそうですが、インテリアアイテムとして音楽を取り扱うこともありますか?
私が作るインテリアは、「やわらかい」と「ぬくい」っていうイメージがあって、大切にしているのは感触(手触り、肌触り、雰囲気)なんです。だから、そこで扱う音楽も耳に心地のイイものが多いです。
carbonのOPEN当初、店でどんな音楽を流そうか、かなり考えました。客層や取り扱う雑貨の雰囲気に合わせて、ジャズやポップスを流すことが多いのですが、よそのカフェとかで流行っているモノより、なるべく聴いたことがないような音楽を選んで、お客さんに「コレなんの曲ですか?」って言ってもらいたいという思惑がありました。会話のきっかけがあれば、それがお客さんの好みを知る糸口になるんです。
確かに、carbonでフランスの雑貨を見ているときにフランス・ギャルなんかが流れている と、その場の雰囲気に入り込んでつい欲しくなってしまいそうです。しかも音楽が店の雰囲気を作るだけでなく、コミュニケーションの一部でもあるというのも興味深い話ですね。
それでは今回は家の中の空間ごとに最適なインテリアと音楽をセレクトしてみましょう。まずはリビング。リビングは家の中でどんな役割を持った場所なのでしょう?今回デキさんがインテリアを手がけられた里山住宅博の「place – プレイス」では、自然素材の家具やハワイの雑貨などが並んだリビングがとても印象的でした。
里山の「place – プレイス」では私物の雑貨、家具を持ち込んだのでほとんど我が家状態でした。笑!植物はひとつだけ大きいモノを置く!って決めています。そこに雑貨や洋書などを置いて、絵を飾らない代わりにクッションに動物のモチーフ入りなどをチョイスしています。チープにならないようにしつつ、実は簡単に真似されないような工夫もしているんですよ。
リビングにはそもそもふたつの役割があって、家族だけのときはゴロゴロする場所、来客時には他人にリラックスしてもらう場所になります。なのでここではふたつの音楽要素が存在するような気がします。
なるほど。人がたくさん来たときにリビングで流す音楽といえば、ビートルズのようなメロディがしっかりしているものがよさそうです。誰でも何となく口ずさめてしまうような曲。僕が子どもの頃、実家のリビングではいつもビートルズやフランク・シナトラ、ナット・キング・コールなどが流れていて、父が新聞を読みながら指でリズムをとったり、ふんふんふんって口ずさんだりしていました。
スゴいカッコイイお父さんじゃないですか!!うらやましいです。 私はリビングで落ち着けるのはだいたい夜になるので、ジャズやクラシックが多いです。5月に東京で開催された「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2016」という音楽イベントで買った公式CDがよかったですよ。シューマンとかヤナーチェックとか、深い森を感じさせる選曲でした。静かな曲を聴きたくなるのは、気分だけでもゆっくり時間が流れてほしい思いからかな〜。
家族と過ごしたり自分ひとりでリラックスしたりしたいときにはジャズもいいですよ。ジャズにも色々あるけど、ビル・エヴァンスとか、タッチの甘いピアノが合いそうです。
次にキッチンとダイニング。料理をしたり食べたりする場所のインテリアで気をつけるべきことは何ですか?
ココはもぅ「THE・動線」しかないですね!どうすればサボれるかってコトを考えてしまいます。我が家は広さがあまりないダイニングだから、照明も植物も圧迫感も存在感もないくらいのカタチを選んでいます。
機能性重視ということですね。目的のはっきりしている場所だし、インテリアも音楽も潔いものがいいのでしょうか。
僕は料理をするときはジャズと昔から決めています。ジャズと言っても先ほどのリラックスしたリビングで流すジャズとは違って、アート・ブレイキーやソニー・ロリンズのような躍動感のあるもの。情熱的なビートやグルーヴが、料理の香りや音に合うような気がするんです。余談ですが、マイルス・デイビスの『クッキン』というアルバムがあって、Wikipediaによると「結局俺たちがやったことは、(スタジオに)やって来て(曲を)料理しただけだからな(マイルス談)」 ということらしいです。
わ!アベさんにとっては料理がジャズなんですね!キッチンやダイニングにいるときはあまり音楽をかけていないのがホントのところですが、ココでそれを言っちゃいけない気がするんで、思い浮かべてみると…うーん、クラッシックかな。手が動いてるからどんな音楽でも退屈には感じない気がする。
料理とクラシックも相性がいいですね。そう言えば、村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』は ロッシーニの「泥棒かささぎ」を流しながらスパゲッティを茹でるシーンから始まります。
では次に寝室。寝室の空間づくりのポイントはどんなところでしょう?デキさんは寝るときは音楽を聴きますか?
寝室のインテリアはできるだけ埃が出ない工夫をします。そのために、雑貨や置物を置かない!平台を多くしていつでもサッと拭けるようにしておく。オーディオ機器も置いてないから寝室では聴かないデス。幸いイイ歳してのび太くんなんでスグに寝落ちします。
すぐに眠れるのは健康な証拠ですね。僕は音楽を流したまま寝ることが多くて、でも眠りに合う音楽って難しいな、と思っていたんです。どうしても頭で音を聴いてしまって、むしろ眠りから遠ざかってしまう。でもマックス・リヒターというドイツの作曲家が2015年に発表した『Sleep』というアルバムに出会って、音楽と眠りの関係が大きく変わりました。その名の通り「眠り」のために作られた作品で、なんと全部で8時間もあるんです。8時間というと、ちょうど寝るときに聴き始めた音楽が、目が覚めた時にまだ流れている感じです。僕は何度も通しで聴きましたが、これはとても不思議な体験でした。まるで自分の呼吸や部屋の温度、眠気などが混ざり合って徐々に曖昧になっていく意識のひとつひとつを五線の上に並べたような音楽なんです。音楽というか、環境音でもないし…ポカリスエットのように「ヒトの身体に近い音」って感じですかね。
8時間!!、スゴイですね〜。デートの帰りしなに男の子が「この曲が終わったら帰るね!」っ て言って車で『Sleep』を流したら帰れなくなるやん!ってスグに思ってしまった…。私は犬と一緒に横になっているときに犬の鼓動を聴きながら眠りにつくのが一番心地いいです。呼吸とかね。
それがまさにアンビエント(環境音楽)のコンセプトですね。『Sleep』は一見アンビエントのようでいて、ギリギリのラインでしっかり音楽として成立しているところがすごいんです。
最後にバスルーム。最近はお風呂に入りながらスマートフォンで音楽を聴いたり映画を観たり、という人も多いようですが、デキさんはどうですか?
ジャズピアニストの後藤浩二さんのCDをかけるとゆっくり長くお風呂に入っていられます。お風呂は神経を休めるぞ!って意識があるからいつも電気を点けていません。洗面所だけ点けて浴室は真っ暗。さきほど音楽は音だけではなく視覚的な要素も楽しみたい、というようなことを言いましたが、バスルームだけは例外で、目を閉じて聴きたい選曲です。
五感にはお互いに補完して癒やし合う効果があるのかもしれません。後藤さんのピアノはとても耳に優しい印象ですが、時々ちょっとしたスパイスの効いた節回しがあったりして、交感神経と副交感神経が程よくバトンタッチできる感じです。
ところで、これまで話してきたような状況ありきの音楽ではなく、逆に音楽によってムードや気分が作りだされるような演出的な役割もありますよね。楽しい気分だから楽しい音楽を聴くのでは なく、たまたま耳に入ってきた音楽でその日の気分が作られるようなこと、ないですか?
友だちに色んなジャンルの音楽を聴く人がいて、「今日の1曲」というタイトルでその日にまつわる音楽をメールで送ってくれるんです。YouTubeのリンクが貼ってあって、簡単な解説を書いてくれる。全然知らない曲ばっかりでけっこう退屈なときもあるんだけど、たまにヒットやホームランもあってダンダン受け取り方のコツがわかって楽しくなってきました。後からその曲を聴くと、まるで映画のサウンドトラックのように、その日の情景が思い浮かぶんです。特にミュージックビデオは記憶を記録するのに重要な役割をするんだな〜ってものすごく理解できました。
それはいい習慣ですね。そもそも日常の中で新しい音楽と出会うきっかけがなかなかないので、詳しい人から薦めてもらうというのが一番いいと思います。
逆にデキさんはお店で音楽を流すことで、お客さんに対して新しい音楽との出会いを提供する側でもあります。carbonや8HATIのようなオープンな場所で音楽を流すときにそのことを意識されますか?自宅で音楽を流すのとは違うものでしょうか?
商品にしても音楽にしても、私との会話ひとつをとっても、お客さんにとっては貴重な出合いになってほしいという思いがあります。いつもと変わらない一日が、フッと入ったお店で何かに刺激を受けてちょっと背筋が伸びるような、「あ!」って思ってもらえるためにお店の音楽は厳選していました(過去形?!最近ちょっとサボってます…)。私自身はお店で流す音楽は家では絶対に聴きません。どこか仕事の一部になってしまっているからキモチが休まらないです。
デキさんはcarbonでピアノ教室も運営されていますが、皆さんクラシックが好きで自宅でもよく音楽を聴く音楽愛好家といった感じの方ばかりなのでしょうか?
そんな事はないですね〜。ピアニストにとって演奏曲の世界観を日常的にイメージすることはとても大切なので、ぜひその癖をつけてもらえないモノかと思うのですが…そこはホントにそれぞれの家庭環境次第なんですよね。発表会でプログラムに親御さんとお子さんの連弾を取り入れているのも、家族で音楽を楽しんでもらうための試みです。
carbon10周年の時はちょっと奮発してクラッシックピアノのCDを年齢別に選んでプレゼントしました。家の中でクラシックを聴いて次の発表会で「この曲を弾きたい!」なんて思ってもらえないものかと。
最近は「家でどんな時に音楽を聴けばいいのかわからない」なんて声を耳にすることもあります。確かに、一日中テレビが点いていたり、ゲームをやっていたりすると、音楽の入り込む余地が少ないのもわかります。もちろんテレビにもゲームにも音楽が使われていて、それはそれでいいんですけど、たまにはほんの少し立ち止まって耳を澄ませる時間を作ってみると、音楽がもっと暮らしに身近なものになりそうですね。
References & Thanks to
1
10月4日公開
KAMAKULANI1周年記念特別企画。芸術の秋、いつもとは少し違った視点を持って音楽を聴こう!音楽も家具のようにインテリアの一部と考え、家の中のそれぞれの空間に適した音楽を選んでみましょう。
2
11月8日公開
旅先のホテルや空港で、どんな音楽を聴きたくなりますか?旅の途中で出合う音楽には、そこでしか感じられないものや体験できないことが、たくさん詰まっています。この秋、旅を楽しむための音楽をKAMAKULANIがオススメします。
3
12月13日公開
レコード、カセットテープ、MD、CD、MP3、音楽のフォーマットの変化に合わせて、私たちの音楽を聴く環境も変化してきました。今、私たちが本当に聴きたいのは、どんな音楽でしょう?KAMAKULANIが辿る音楽の温故知新。最終回!