KONNO Masao

フリーライター / カメラマン / 自主映画監督

学生の頃より海外旅行を繰り返し、今では主にガイドブック『地球の歩き方』などの写真撮影や取材、ポストカードの制作、自主映画の監督などを行う。

写真を通して見る世界

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2旅行ガイドブックライター/カメラマンになる

放っておけばなくなってしまうもの

中国貴州省・ミャオ族(鼓社節)の小さな友達

中国貴州省ミャオ族、鼓社節の少女

大学時代、フロムAの「とにかく銭や」のページで見付けた業者から、今は外国人観光客の人気スポットでもある池袋サンシャイン60の地下にある社員食堂に派遣されて120万円を貯め、さらに親から50万円借り、バブル末期の1990〜91年に1年間休学して世界一周の旅に出た。

再び訪れた中国の南部にある少数民族エリア貴州省では、カメラマンの鎌澤久也さんに出会ったので、前から気になっていたことを聞いてみた。人々の生活を言わば勝手に写真に撮り、生活の糧とすることに、なんだか気がとがめたり、申し訳ないような気持ちになることはありませんか、と。

鎌澤さんは「放っておけばなくなってしまうものを撮っておくことには意味があると思う」と答えた。その後、何年も経ってからフォトライブラリーの忘年会で鎌澤さんと会う度に、若気の至りでそんな質問をした僕がカメラマンをしているとはどういうことだと絡まれている。

カメラマンのジレンマ

左上:中国ウルムチ,タバコ売りの少年/右上:インド・チェンナイ(旧マドラス)、スラムの家族
左下:インド・ラジャスタン・アブーロード、オレンジ売りの少女/右下:インド・ボパール・屋上で眠る少年

インドのスラムや、パキスタンの難民キャンプを横目に、貧乏旅行とはいえ呑気な長旅を続け、街角で子供の物売りや、物乞いの人たち、地道に暮らす人々を写真に撮らせてもらっていると、それこそ段々に気がとがめ、申し訳ないような気持ちになってくる。そしていつしか「今度来る時には仕事で来たい」と思い始める。そうすれば少しは対等になれるような気がした。

旅行ガイドブックの取材者になってみると、僕の撮った写真や書いた記事を見て旅行者が増えれば、僕だけでなく、現地で暮らす人々の生活の糧にも多少はなってはいるはずだと思うようになった。取材途中のバスの中から、『地球の歩き方』の巻末の簡易辞書を見ながら、現地の人に話しかけている日本人の姿など見かけると、なんだか胸が熱くなる。

逆に、日本人観光客が僻地のお祭の行進の先頭に張り付き、進行を妨げ、顰蹙をかっていたりすると目を覆いたくなる。

観光客と現地の人たちの関係性

パナマ・サンブラス諸島・モラの少女

経済的に貧しい地域が、観光資源として伝統を活用することで文化が維持される。しかし一方で、生活が豊かになるにつれて、その地域や伝統自体も変質せざるをえない。

普段は洋服生活の日本の村人が祭の日にだけフンドシや着物を身に付けるのと全く同じで、世界で最も有名な秘境・インドネシア・パプア・ワメナ郊外の裸族の村では、普段はTシャツ・短パン・ジャージ・ブラ生活の村人も、祭の日にはそれらを脱ぎ、ペニスケースや腰蓑、昔ながらの髪飾りなどを身に付ける。写真を撮らせてもらうと、当然のようにタバコやチップを要求される。

カリブ海に浮かぶ中米パナマのサンブラス諸島は、日本でも知る人ぞ知るモラ刺繍(編集部注:色の異なる布を重ねて縫ったものを模様の形にくりぬいて作るパナマの手芸品)で有名だが、その島では写真を1枚撮るごとにUS$1請求されるのが普通だ。

アフリカでもカメラを向けると「ワン・ドラー」と言われることがあり、冗談の場合と本気の場合がある。興ざめしてしまうこともあるが、正当な請求とも思えるので、値切って支払い撮らせてもらう時もあれば、撮るのをやめて立ち去ることもある。


インドネシア・鯨の島ラマレラ・裏ピースの子供達

インドネシアの僻地で、鯨を銛(モリ)で獲る島として知られるレンバタ島のラマレラ村では、カメラを向けられた子供達が裏ピースでポーズを決め、東アフリカ・タンザニアのザンジバル島の真っ白な砂浜では、さっきまでメッカの方向にひれ伏し祈っていた敬虔なイスラム教徒に挨拶すると、「バーカボンボン…」と天才バカボンの歌を唄い始めたりすることなども…。

それはそれで面白くもあるのだが、旅行ガイドブックの取材者としては複雑な気持ちになる。

ただ近年僕は、インドネシアとメキシコに仕事でしか行かなくなっているが、どちらの国でも日本人旅行者はリゾートと世界遺産に集中し、それ以外の僻地では大勢のヨーロッパ人と会うことはあっても、日本人と会うことは稀である。

『地球の歩き方』の仕事

1993年、26歳の時から旅行ガイドブック『地球の歩き方』の担当地で、写真を撮り、記事や地図を書いている。と言っても、新規で書く場合もあるが、既に書かれている情報の確認が多い。

KAMAKULANI編集部にあった16年前の『地球の歩き方 インド篇』
奥付にはしっかりと今野さんの名前が!

旅先で時折会う日本人に『地球の歩き方』の取材で来ているというと、よく驚かれる。どうやらすべて読者投稿でできていると思われているようだ。
インターネットの登場以前から、読者からのフィードバックを活用するのがウリだが、読者投稿にはあやふやな情報が多い。今では取材者が確認してから載せることになっているのだが、一般読者時代に幾度となく翻弄された時の怒りが、今の取材活動の原動力になっている。

基本的には取材に必要な額の仮払いを受け、経費とは別にギャラも当然出るものの、編集プロダクションの財政状態によって金額に差があり過ぎて、差し障りがあってとても具体的には書けない!

学生時代、霞が関にあったダイヤモンド•ビック社の編集室へ行くと、おおよそバックパッカー上がりのフリーの編集者(兼取材者)たちが机を並べ、作業しているのを見たことがある。今は複数の編集プロダクションとして、首都近郊で独立した彼らが、ビック社のプロデューサーと相談しながら企画を立て、自社の社員やフリーのライター、カメラマンを取材地へ派遣するという形になっている。大抵は3人ほどで手分けして取材するが、編集者=取材者の1人体制というレアケースも本によってはある。

近年僕は親の介護と自主映画制作のため、取材は一度に2〜3週間とだいぶ短くなったが、昔は中国の東北地方だけで1か月半、それを年に3回、合計3〜4カ月取材に出ていた時もある。帰国後は、飛行機情報をネットで調べたり、編集作業を部分的に手伝うことが多い。同業者は、他の媒体でも写真を撮ったり、映画紹介などを手掛けたりもしている。

『歩き方』と共に歳を重ねてきた

インドネシア・サマリンダの安宿(上)と高級ホテル(下)

出版不況とは言え、旅行ガイドブックは一定数の売り上げが期待出来る。その分ライバルも多いが、人気エリアだけでなく、単独ではとても収益の見込めない地味なエリアも含め、1〜2年ごとに改訂し続けている日本語の旅行ガイドブック・シリーズは『地球の歩き方』の他にはない。

バックパッカー向けの2色刷りの電話帳のようだった『歩き方』は、時代と共に客層を広げ、カラーページがメインのみんなの旅行ガイドブックになった。貧乏旅行をしていた昔の自分に向けてずっと書いてきたようなところがあり、英語のガイドブックにも負けまいと細かな情報を集めても、すべてを載せるスペースはない。年取ったせいか近頃は、これまで安宿にしか泊まらなかった町で、かつては何故か目の敵のように思い、何の魅力も感じなかった高級ホテルに招待で泊まることもあり、町や国の印象までガラリと変わってしまうような新鮮な体験を今更ながら楽しんでいる。

これを堕落というのだろうか?

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写真を通して見る世界

1

7月5日公開

中国、東アフリカ編

世界を旅しながら『地球の歩き方』などに寄稿したり自主映画を制作したりするカメラマン・ライターの今野さん。撮影した写真を使って制作したポストカードは、旅の記憶を呼び起こすきっかけになります。

2

8月2日公開

旅行ガイドブックライター/カメ...

ライターやカメラマンとして、現地の人々や文化とどのように向き合うべきか? 『地球の歩き方』など、数多くのガイドブックで現地の声を届けるベテランの今野さんが、経験や年齢とともに移りゆく価値観をいま改めて見つめ直します。

3

9月6日公開

インドネシアの自然と観光

インドネシアでは国立公園でオランウータンを間近で見たり、象に乗ってジャングルを回ったりするツアーが人気です。一方で自然破壊が野生動物たちから居場所を奪い、観光向けに人間に飼い慣らされている現状も踏まえて、今野さんはガイドブックと報道の間で何をどう伝えるべきかを考えます。

4

10月11日公開

メキシコの日本人

世界を旅していると、やはり日本人がいる場所はどこかほっとするもの。メキシコの日本人宿で知り合ったレスラーのルチャ・リブレ(プロレス)を観に行ったり、フィルムを扱う雑貨店のご家族に招かれて日本食をご馳走になったり、メキシコでも日本人との色々な出会いがありました。

5

11月1日公開

欧州サッカー観戦ガイド

中田、中村、小野、稲本…日本サッカーが世界に羽ばたいた2000年代初頭、今野さんはサッカー観戦ガイドブックの記者としてヨーロッパで取材をしていました。国ごとに異なるファンの扱いなど、臨場感あふれる当時の様子を振り返ります。

6

12月6日公開

旅行と映画

学生時代は旅費を稼ぐために映画関係のアルバイトをしていたという今野さん。そして今、その旅行や取材で培った体験を元に映画を撮ろうと思ったのも偶然ではないかもしれません。世界を旅する今野さんは、これからどんな物語を映し出してくれるのでしょう。