Fujioka Nobuyo

インテリアエディター

インテリア雑誌『PLUS1LIVING』ハウジング雑誌『はじめての家づくり』などの編集長を経て、現在では『編集脳アカデミー』主宰として住宅や編集に関するセミナーやコンサルティングを行う。

「居心地のいい家」のつくり方

9自分の「好き」を本当にわかっていますか?

30年以上、暮らす家だからこそ自分好みに

M邸(川西市)/設計施工:フクダ・ロングライフデザイン

私が現役でインテリア雑誌&ハウジング雑誌の編集をしていた10年以上前から、「自分好みの家をつくりたい」という人がどんどん増えています。家づくりというと、住宅メーカーの家を展示場に見に行って、その中から間取りや雰囲気が気に入ったところに注文する、というのが、経済成長期の一般的な流れだったと思いますが、いまはもっとこだわって、素材やデザインの細部まで「自分好み」をとりいれる人も多くなっていますね。

住まいは、いちばん長く付き合うモノであり、いちばん長く過ごす場でもあります。
「あ~、好きだなぁ。いい家だなぁ」と毎日、感じながら過ごすのと、「特に好きでも嫌いでもない、気にもしない」という空間で過ごすのとでは、年月が流れるほど差が開いてくると思います。
実際、社会人になってから賃貸暮らしで過ごした20年と、10坪強と狭いながらもリフォームして「自分好み」にした今の住まいで過ごした5年と、比べて見ると、幸福度がまるで違います。

ふとした瞬間に、「あぁ、この空間が好きだなぁ。家を持って良かったなぁ」と感じると、なんだかとても大きな安心感が湧いてくるのですよね。これは、「好きなもの」が持つ大きな効果だと思います。

だから、これから家づくりをする人には、ぜひ「好き」と思える場所をたくさんつくってください、とお伝えしたい。

好みは、言語化しないと伝えられない

とはいえ、「好き」を実現する、とりわけ空間というカタチにするのは、簡単ではないと思っています。なぜなら、空間に対する好みって、ふだんはあまり意識していないことが多いからです。

「こんな感じの広がり感が好き」「こんな光の差し方が好き」「こんな色あいが好き」「こんな質感が好き」・・・空間の好みって、こういう小さなディテールの集合体です。

H邸(堺市)/設計施工:フクダ・ロングライフデザイン

もちろん、ふだんから「好き」「そうでもない」というのは感じていることと思います。が、あえて言葉にすることは、そうないですよね?ま~、インテリア好きのカップルなら、どんな場所に行っても空間について感じたことを言い合ったりしていると思いますが、そういう会話はマニアックかも(笑)。

どんな空間が好きですか?
と尋ねられても、とっさに言葉が出てこない、というのが普通ではないでしょうか?

感情にしても、好みにしても、感じているだけで言葉にしていないと、モヤモヤっとしています。モヤモヤッとはわかるんだけど、うまく伝えられない・・・という感じです。

これ、一度は言語化してしまいましょう。
そうしないと、実際に設計をしてくれる設計士さんにも、施工をしてくれる大工さんや職人さんにも、伝わらないからです。

さらに、家族にもはっきりと言えない、ということがありますよね。

ある住宅メーカーのCMにもありました。
ほんとは狭い空間が大好きなのに、広々した空間で喜ぶ妻の前では言えない・・・(ちょっとブラックな内容ですね)。あんなひねった?感じではなくても、「なんかちょっと違和感があるんだけど・・・」ということがうまく伝えられない、ということは意外にあるものです。

違和感をちゃんと言葉にしておかないと、すでに言葉にできている人に伝えにくいんですね。

ビジュアルの助けを借りよう

自分の感覚や感情を、一度、言葉にしておくというのは、コミュニケーションするときの重要なポイント。ですが、なかなか難しいことでもあります。文章を生業にしている人、とりわけ文学作品を書く作家さんは、このモヤモヤをどう書くかに心血を注いでいるわけですから、ね。

家づくりの場合は、ひとつ、いい方法があります。
それは、自分の「好き」をビジュアルで集めてしまう、という方法です。
まずは、「好き」と感じた画像を片っ端から集めていきます。

次に、似たような画像をグループにまとめていきます。
そして、「なぜ、好きと思ったんだろう?」と自分に問いかけて、答えをひとつひとつ言葉にしていくんです。

K邸(芦屋市)/設計施工:フクダ・ロングライフデザイン

これを家族全員でやってみる、という方法を、家づくりの取材で教えてもらったことがあります。
ふだんの言葉のやりとりではわからなかった家族の趣味が、ビジュアルでひと目でわかるので、会話の糸口にもなりますよね。
あとで、「ほんとうはこういうのがよかった・・・」なんてことが起こらないように(きっと、ご本人もあとでわかるのだと思いますが)、家族全員の「好き」を共有して、それぞれに「好きと思える場所」がもてるような家にできるとよいと思います。

家全体がまるごと自分好みでなくても、何度見ても「好き」と感じる場所が1カ所あれば、満足度は大きいものです。わが家も、階段を上り下りしているときに、「あぁ、この家が好きだな~」と感じます(笑)。階段の空間がすごくしっくりくるんです、不思議なんですが。
ほかにも、「このフローリングが好きだな」「この洗面台にしてよかったな」「この壁紙は何度見てもいいな」などなど、小さなところで気に入っている場所がいくつかあります。
逆に、「ここはもっとこうしてもいいかも?」と改善点が浮かぶことも。それはそれで、どうしたらいいかな??と考えるのが楽しみになっています。

Y邸(都島区)/設計施工:フクダ・ロングライフデザイン

気をつけたいのは、「好み」のなかには、時を経るうちに変わってしまうものもあること。
私はインテリア雑誌の編集を長くしていたので、その20年間の間にも家具とスタイルに流行があったことを実感しています。移り変わりのスパンはやや長いですが、ファッションの流行の感覚とさほど変わらない気がします。

たとえば、私の学生時代はイタリアンモダンが流行していたので、黒い家具がたくさん出回っていました。そのあとはカントリースタイルの大流行があり、ミッドセンチュリー、デザイナー家具、南仏風、禅スタイル、北欧スタイル、シャビーシック・・・、そして今は“男前”と呼ばれるマニッシュなスタイルが流行していますよね。

こういったスタイルを、「好き」として家づくりに取り入れるのは、ちょっと注意が必要な気がします。インテリアの流行は、変えられるもの=カーテンやラグなどのインテリアファブリックス、家具などにとどめておいて、住まい全体のテイストを決める外観や建具のデザインは慎重に。

直線的なものが好きか、曲線的なものが好きか。
明るい空間が好きか、しっとりとした暗めの空間が好きか。
ピカピカしたものが好きか、マットな質感が好きか。

こういった、本質に近いところの好みは変わりにくいし、流行とは関係なく「好き」と思えるものなので、自分の好みを深く掘り下げておくといいと思います。

Chat with the Curator

藤岡 信代
キュレーター 出来 忍

2016.6.6

言葉にしないで頭の中だけで考えていることを、人に伝えるのは、ホントに難しいです。何度もモヤモヤしてきました。そこがうまくできれば、かなり楽が出来そうに思います。 自分の「居心地」についてシッカリ考えて言語化する癖をつけることの大切さを、藤岡さんのお話で改めて気づきました。でも、藤岡さんのお話のように細かく突き詰めて考えていくっていうことは、まだ実践したことがありません。そうすることでなにか、ヒラメキや改善点が出てきそうですね。 生活する場所を居心地の良い空間にすることを考えるときって「楽しい!」ってキモチに支配されます。「好きと思える場所」を目指して、この時間も楽しみたいです。 自分の好きな小さなディテールを集めていくことが、初めの第一歩ですね。

2016.6.13

頭や心に浮かぶことを言葉にするのって、難しいですよね。うれしい気持ちや楽しい気持ちは、言葉にしなくても十分にハッピーになれます。日々、うれしい&楽しいを感じ取ることの方が大事なんだけど、言葉にする作業をしていくと、いろいろな能力が鍛えられるのですよ~。これは確かな事実です。 たとえば、集めた「好き」のディテールを並べてみたら、なにか共通項が見つかると思うんです。それが、「好き」を構成している要素。集めて並べてみたら、水色ばっかりだな~とか、革製のものばっかり持っているとか、色や素材や形などの特徴がわかってくるんですね。こういう作業を「俯瞰して観る」と言ったりしますが、ものだけでなく、いろいろなものを俯瞰して観ることができるようになると、問題解決能力がつきます。おっと、横道に脱線しました(笑)。 「好き」を言葉にすることが苦手な人は、「集めて」「並べて」「共通項を見つけ出す」ことから始めるとよいと思います。  

2016.6.20

今回、藤岡さんとのコメントのやり取りは、私で〆るコトになったので少し緊張ですが頑張ります。笑!
20年くらい前は、インテリアのテイストは雑誌が指す流行に流されている部分が大きかったんじゃないでしょうか。それが流行るとどこのメーカーもそればっかりになってしまうところがあったような気がします。
でも、現在は選ぶジャンルもたくさんあってそこから更に自分でアレンジしてオリジナルを心がける空間作りになっている気がします。同じモノでも人と全く違うように見せるコトができるからインテリアもファションも楽しいんでしょうね!自分に似合っているモノほどカッコよくみえるモノはないです。いつか、幸福感に満たされる暮らしができるように自分の好きな小さなパーツを一つ一つを大切に見つけて、それを足したり、引いたりしながらいつか辿り着くといいですね、「自分の好きに」。

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