Kubota Jun

画家

1956年東京生まれ。東京藝術大学形成デザイン科卒業。会社員、フリーランスでの広告の仕事を経て2009年より絵画を発表。個展・グループ展等多数。鎌倉在住。

連載中雲の行方

鎌倉

かまくら

神奈川県、三浦半島の西側にある街。かつて鎌倉幕府が置かれ、高徳院の大仏を始めとする歴史的建造物が今でも多く残っている。南側が一面太平洋に面しているため、関東地方の有数のサーフスポットとしても人気がある。吉田秋生原作、是枝裕和監督の『海街diary』や、NHKのドラマ『ツバキ文具店~鎌倉代書屋物語~』、現在上映中の『DESTINY 鎌倉ものがたり』など、鎌倉を舞台とした作品も多い。

1絵と言葉・絵本『なみにのる』

数年前に、鎌倉の地で時間もキモチもユルりとした中で何か新しい「始まり」みたいなものを探していました。そのとき立ち寄ったごく普通の喫茶店にたくさんのフライヤーが置いてあり、そこに久保田潤さんのイラストを見つけました。そのチラシには「水彩画教室 生徒募集!」と書いてあって、そこに描かれた雲のイラストから目が離せなくなった私はその場ですぐに久保田さんにメールしました。その日から、私もまたあの雲の行方を追っているような気がします。

KAMAKULANI キュレーターDEKI

初めての絵本と原画展

原画展前夜、スロープギャラリーのガラスに貼られた文字。搬入を終えて。

2017年10月25日に、わたしは、初めての絵本『なみにのる』をブエノ!ブックスから上梓しました。水彩で波乗りを描いていて、短い言葉が添えてあります。合わせて10月25日から11月30日までその原画展をスロープギャラリーで行いました。第1回はそのことについて書こうと思います。

絵を描くために波に乗る

今年の春、庭の八重桜の花びらとサーフボード。

鎌倉に住んで17年ほどになりますが、そもそも鎌倉に住むようになった大きな理由は波乗りができるということでした。最初のころの個展も波乗りを主題としていて、波乗りをしながら波乗りの絵を描く、というのは、絵を描くために波乗りが必要だということで、平日の昼間に波乗りをしている後ろめたさを払拭してくれる素晴らしい考えだと思ったものです。

個展を繰り返すうちに、わたしは、絵の間に短い文章をはさんで展示する、という試みを始めていました。絵画というものが言葉というものと密接に関係している、という思いが、絵を描くという行為を続ける中で強くなっていきました。そこには、自分にとっての絵画を再定義したい、という欲求もありました。

絵画とは画家固有の言語なのではないか…

2014年、目黒のmaruse B1gaiieryでの個展「在ることについて」で展示した文字パネル

絵が言葉とどう関係しているか、という問題は、考えれば考えるほど深く多様で、今のわたしにはここに書き表すことはとてもできません。しかし、例えば、画家は「もう少し色を濃くしよう」とか「バランスが悪い」などと言葉に置き換えながら絵を描き進めますし、鑑賞者も「色がきれいだ」とか「線が力強い」というように絵の印象を言葉に直す、というように、絵は絶えず言語化されています。

小松左京氏と高梨秀爾氏の対談集『絵の言葉』、時々読み返す。

絵画と言語という、一見全く違うものに感じるものが実は密接している。絵画は言語の一部なのではないか。あるいは、絵画とは画家固有の言語なのではないか。絵を描きながら、そういう思考が頭の奥の方で常に通奏低音のように響いているように感じるのです。

今年、出版社であるブエノ!ブックスの運営するスロープギャラリーから展示の話を頂いたとき、わたしは絵と言葉を組み合わせて、まずブエノ!ブックスで本を作ってもらおうと思いました。

本という、わたしが普段ギャラリーでやっている、絵を展示して人に見せるというということとは別のかたちで、わたしの絵画と言葉に対する考えを提示することができるのではないか、と考えたのです。主題を波乗り決め、ブエノ!ブックス代表の上平論さんと編集の森本由美さんに同意していただき、白谷敏夫さんにブックデザインをお願いしました。

絵本『なみにのる』の完成

『なみにのる』の帯には、「おいしい牛乳」などのパッケージデザインで有名なグラフィックデザイナーの佐藤卓さんから寄せられたコメント。

「なみにのる」のエスキースの一部

こうして、わたしの絵と言葉をつなげた初めての絵本『なみにのる』は、でき上がり、上梓され、合わせて、原画展をスロープギャラリーで行いました。

絵と言葉が、何かのかたちで無理なく融合できれば、画家も鑑賞者も、絵画というものをより深く理解できるようになるのではないか。画家として、わたしはそのことを生涯考え続けるのだろうと思います。

その一環として、わたしは、絵本という形式を、絵画の個展と並行して、今後も展開していきたいと考えています。


連載中雲の行方

1

12月19日公開

絵と言葉・絵本『なみにのる』

鎌倉に住む大きな理由は波乗りができるということ。「絵を描くために波乗りが必要だ」という口実がぴったりな画家の久保田さんは、文字通り暮らしと波乗りと絵画が密接な関係で結びついた日々を鎌倉で過ごしています。2017年には初めての絵本『なみにのる』を上梓し、原画展も開催しました。絵に添えられた言葉と、その言葉が喚起するイメージ。それはまるでお互いを映し合う久保田さんと波乗りの関係のようです。

2

1月23日公開

自己紹介とか近況など。

漫画を描くのが好きだった幼少期、広告代理店勤務を経て、CM制作に携わった日々。そして、50代になり、そんな暮しから離れて鎌倉に居を移し、波と向き合って絵を描く暮らしが始まりました。波乗りをしながら波乗りの絵を描く、そのためには日々波に乗ることが必要だ、という完璧な生活の循環を思いつき、「死ぬまで絵を描く」と心に決めた久保田さんがたどり着いた心境とは…。

3

2月20日公開

見る・読む・聞く・絵画・言語・...

久保田さんが最近訪れた東京の展示を3つ紹介。「本という樹、図書館という森」「谷川俊太郎展」そして「坂本龍一with高谷史郎|設置音楽 2 《IS YOUR TIME》」。言葉、音、映像。それぞれ特性の異なる表現手段が、久保田さんの絵画にどのような刺激と共感を与えたのでしょうか。

4

3月20日公開

マンガをめぐる記憶。

手塚治虫、横山光輝、赤塚不二夫など、漫画の黄金時代に幼少期を過ごした久保田さん。中でも格別に心を惹かれたのは石森章太郎の作品でした。当時、実験マンガ『ジュン』の描き出す斬新な世界に魅了された久保田さんにとって、マンガは今でも絵画とはまた一味違った魅力を持ち続けています。

5

4月17日公開

わたしの絵画を支えている、いく...

久保田さんの絵を支えている4つの要素。デザイン、線、色彩、そしてモチーフ。それらは絵画の基本でありながら、今でも久保田さんを魅了して止まない絵画の魅力そのものです。絵を描くということは、自由なようで実はスポーツのようにルールに沿っています。しかしそれが何のスポーツなのか…絵が仕上がるまで描いている本人にもわからないそうです。

6

5月15日公開

「猫と少女の絵本」についての覚書。

猫と少女についての絵を描くことになった久保田さん。細かい設定や実在のモデルを想定しながら感じる苦悩は、なんと前職のCMディレクターの仕事にも通ずるものだったのです。自由を求めて画家になったはずなのに、また同じところへ戻ってしまうのだろうか?それとも…。絵画、そして言葉と向き合う日々の中で、久保田さんは今日も雲を追うように新たな表現を探しています。連載最終回。