Kubota Jun

画家

1956年東京生まれ。東京藝術大学形成デザイン科卒業。会社員、フリーランスでの広告の仕事を経て2009年より絵画を発表。個展・グループ展等多数。鎌倉在住。

連載中雲の行方

3見る・読む・聞く・絵画・言語・音楽。

みぞれ混じりの雨 - 本という樹、図書館という森

「波図」2014 キャンバス・油彩

「雲のゆくえ」その3ということで、展示を3つ、東京でハシゴしたことを。

「雲の領域」2017 キャンバス・油彩

まずは日比谷公園の中にある日比谷図書文化館での文化庁主催の「本という樹、図書館という森」(2018年2月18日まで)。

タイトル通り、七人の作家の作品を通して、言葉と美術の関係を探るグループ展で、作品化に至る思考の過程を記したノートや、影響された本や詩、本という概念そのものを作品と結びつけようとする試み。

折笠良氏のアニメーション作品が、文字や文章がそのままモチーフになっていて興味深く拝見。画家サイ・トゥオンブリーについてのジル・ドゥルーズのテキストをアニメーションにしたものもあり、西洋との距離感を図っているなと感じました。外に出るとみぞれ混じりの雨。


その大きさと長さ - 谷川俊太郎展

次は、初台のオペラシティアートギャラリーで開催中の「谷川俊太郎展」(2018年3月25日まで)。

「雲の生成」2010 キャンバス・油彩

谷川氏の作品は、鉄腕アトムのテーマ曲の歌詞、「かないくん」(絵は松本大洋氏)「おならうた」(絵は飯野和好氏)という絵本の文、友人の弾き語りスーマー氏(TVドラマ深夜食堂のエンドテーマ曲「行き当たりばったり」の曲と歌)も歌っている「死んだ男の残したものは」(作曲は武満徹氏)の歌詞、ぐらいで、詩は一つも覚えていないし(余談ですがスーマーさんの寒弾(KANBIKI)という月刊のA4わら半紙二つ折りの新聞的なものの表紙を3月から今年一年描くことになりました)、詩を読む、という習慣もないのですが、偶然目に入る谷川氏の詩を読むと、でもいつも何かを感じます。

展示は、映像あり、谷川氏の所有物や出版物などを組み合わせたオブジェ的なものあり、音あり、の濃密なものでしたが、一番驚いたのは最後の壁面に展示されたバイオグラフィーで、10メートル以上ありそうなその長さでした。86歳になる谷川氏の言語化された詳細な半生がそこにあり、記述言語とは視覚を通して言葉を理解する方法なのだ、ということをその大きさと長さで改めて念押しされた気がしました。

境界の曖昧さ - IS YOUR TIME

最後は同じオペラシティの上階のICCでの「坂本龍一with高谷史郎|設置音楽 2 《IS YOUR TIME》」(3月11日まで)。

「雲図 2010 キャンバス・油彩

東日本大震災の津波で被災した宮城県名取市の高校のピアノ(自動演奏のための仕組みが施してある)を軸に組み立てられた坂本氏の音楽を、小さな体育館のような広さの、照明を落として暗くした部屋で聞くというもので、鑑賞者がそこここに座っているのが目が慣れてくると見えてきました。

しばらく闇の中を歩き、壊れたピアノの鍵盤を叩く装置や膨大な数のスピーカーを眺め、周りの人と同じようにカーペットの上に座ってぼおっとしていると、深海にいるような気持ちになり、その音に包まれながら思考していることに気づきました。

取り止めのない考えが次々に来ては去るのは音楽と呼ぶにはあまりに環境的な音に反応して思考が立ち上がったからでしょう。今日見てきた展示の反復とか、ヒトがヒトに何かを見せる、あるいは読ませる、あるいは聞かせる、欲求の根本は何なのだろうな、とか、絵画を自分なりに規定しなければ、とかの思いが入れ替わりながら繰り返し現れ消えました。言葉と音から来るアプローチが、絵画という境界の曖昧さを突きつけてきました。

近未来のような雨の新宿

「海景」2014 キャンバス・油彩

坂本氏の暗闇を出て視覚を取り戻すと、オペラシティの空間も、中庭のジョナサン・ブロフスキーの巨大な歌う人物彫刻も、地下鉄も、地下から上がった雨の新宿も近未来のように見え、聞こえました。懐かしい桂花ラーメンで太肉麺を食べ、新宿湘南ラインに揺られながら絵画というフレームについて考え続けました。

保坂和志氏の著書「アウトブリード」の「愛」という短文の中に「ソナタを作ったり再生したりするのは、もはや演奏者ではない。彼は、自分がソナタに奉仕しているのを感じ、他の人たちは彼がソナタに奉仕しているのを感じるのであり、まさにソナタが彼を通して歌うのだ。」というメルロ・ポンティからの引用の一文があります。ソナタはそのまま絵画に置き換えられます。

今日も絵を描きます。

連載中雲の行方

1

12月19日公開

絵と言葉・絵本『なみにのる』

鎌倉に住む大きな理由は波乗りができるということ。「絵を描くために波乗りが必要だ」という口実がぴったりな画家の久保田さんは、文字通り暮らしと波乗りと絵画が密接な関係で結びついた日々を鎌倉で過ごしています。2017年には初めての絵本『なみにのる』を上梓し、原画展も開催しました。絵に添えられた言葉と、その言葉が喚起するイメージ。それはまるでお互いを映し合う久保田さんと波乗りの関係のようです。

2

1月23日公開

自己紹介とか近況など。

漫画を描くのが好きだった幼少期、広告代理店勤務を経て、CM制作に携わった日々。そして、50代になり、そんな暮しから離れて鎌倉に居を移し、波と向き合って絵を描く暮らしが始まりました。波乗りをしながら波乗りの絵を描く、そのためには日々波に乗ることが必要だ、という完璧な生活の循環を思いつき、「死ぬまで絵を描く」と心に決めた久保田さんがたどり着いた心境とは…。

3

2月20日公開

見る・読む・聞く・絵画・言語・...

久保田さんが最近訪れた東京の展示を3つ紹介。「本という樹、図書館という森」「谷川俊太郎展」そして「坂本龍一with高谷史郎|設置音楽 2 《IS YOUR TIME》」。言葉、音、映像。それぞれ特性の異なる表現手段が、久保田さんの絵画にどのような刺激と共感を与えたのでしょうか。

4

3月20日公開

マンガをめぐる記憶。

手塚治虫、横山光輝、赤塚不二夫など、漫画の黄金時代に幼少期を過ごした久保田さん。中でも格別に心を惹かれたのは石森章太郎の作品でした。当時、実験マンガ『ジュン』の描き出す斬新な世界に魅了された久保田さんにとって、マンガは今でも絵画とはまた一味違った魅力を持ち続けています。

5

4月17日公開

わたしの絵画を支えている、いく...

久保田さんの絵を支えている4つの要素。デザイン、線、色彩、そしてモチーフ。それらは絵画の基本でありながら、今でも久保田さんを魅了して止まない絵画の魅力そのものです。絵を描くということは、自由なようで実はスポーツのようにルールに沿っています。しかしそれが何のスポーツなのか…絵が仕上がるまで描いている本人にもわからないそうです。

6

5月15日公開

「猫と少女の絵本」についての覚書。

猫と少女についての絵を描くことになった久保田さん。細かい設定や実在のモデルを想定しながら感じる苦悩は、なんと前職のCMディレクターの仕事にも通ずるものだったのです。自由を求めて画家になったはずなのに、また同じところへ戻ってしまうのだろうか?それとも…。絵画、そして言葉と向き合う日々の中で、久保田さんは今日も雲を追うように新たな表現を探しています。連載最終回。