Kubota Jun

画家

1956年東京生まれ。東京藝術大学形成デザイン科卒業。会社員、フリーランスでの広告の仕事を経て2009年より絵画を発表。個展・グループ展等多数。鎌倉在住。

連載中雲の行方

星のかなで at 枚方市岡東中央公園 4月29日(日)

5わたしの絵画を支えている、いくつかの言葉について。

「在ることについて」2014年 板・油彩

KAMAKULANIへの文章も、残すところあと二回となりました。今回は、わたしの絵画を支えている、いくつかの言葉について思いつくままに書きます。

デッサン

「在ることについて」2014年 板・油彩

美大受験の予備校のころ、デッサンをたくさん描きました。いまでもデッサンは好きな作業です。「デッサンは必要なのか?」という意見もあるようですが、デッサンはピアノで言えばバイエルをやるようなもので、定規のようなものです。気に入らなければ後でその定規を捨てれば良い。

見えるものをそのとおりに描く、というのがデッサンの基本ですが、そのとおり、というのが曲者で、実は、そのとおりになど描けるはずがないのです。ヒトには目が二つあり、片目づつ閉じてものを見るだけで二つの像は違います。そこが写真とはっきりと違うところで、カメラは一眼レンズという一つ目なのです。

そもそも無理なものを、紙の上に一つの像として写し取ろうとする工夫こそが、デッサンの面白さなのではないかとこのごろ感じています。


「在ることについて」2014年 板・油彩

数学上の線は幅を持たないという話を聞いたことがありますが、絵画上には幅のない線は存在しません。フラードームや、ヒッピーの聖典ともいえるホールアースカタログという本の元になった宇宙船地球号で有名なバックミンスター・フラー氏も「幅のない線は存在しない」と言っていました。

絵画上の線とは筆記具によって引かれた画材の痕跡ですが、その筆記具の幅が広くなれば当然、線の幅も広くなり、するとそこには、面と呼べるものが現れます。このように線と面の境界は曖昧です。そのあわいを行き来することが、絵が出来上がっていく上でのひとつの重要な要素なのだと考えています。

色彩

「在ることについて」2014年 キャンバス・油彩

テレビモニターなどの発光する画面上の色彩は、テクノロジーの進歩とともに明るさや鮮やかさを増し続けていて、それに伴って、わたしたちが色彩と呼ぶものの範囲も拡張を続けています。一方で絵画を、紙、キャンバス、板、などの支持体上に絵具で描かれているもの、と規定すると、色彩の幅は上記のようには広がってはいないように感じるかも知れません。しかし、絵具を構成する物質もまたテクノロジー上にあり、その中で静かにしかし確実に、絵具の色彩の幅もまた拡張しているはずです。

色彩は、プリズムに象徴されるように光の波長によって出現するものと、もの、それぞれの持つ固有色とに分けて考えられがちですが、太陽光は常に色彩の変化を続けますし、太陽光に照らされる固有物の色調も一見同じだと思ってもそれに伴って変化しています。

モチーフ、そしてスポーツのように

「在ることについて」2014年 キャンバス・油彩

モチーフとは描かれる対象物です。抽象・具象という概念が絵画上にはあり、抽象上にモチーフがあるのかということは議論の分かれるところでしょう。わたしには対象物の存在しない絵画を描くことは出来ません。

では何を描くのか、ということが画家の個性だと思います。わたしのモチーフを列挙すると、海、波、空、雲、ヒト、幾何形態、瓶、果実、などでしょうか。最近では、猫も加わりました。

さて、わたしはこのようなことを考えながら日々絵を描いています。

絵を描いているとき、スポーツと似ている、と思います。描き進めるという行為は、何がしかのルールに沿っている、という感覚でもあり、同時に、何のスポーツをやっているのか描いている時点では分かっていないとも言えます。

絵が出来上がったようだな、と感じたときに初めて、なんだ、サッカーをやっているのかと思っていたら野球だったんだな、というように、初めてそのゲーム像が立ち上がるように思います。

ヒトは幼児期には誰もが文字より先に絵を描くようですが、18歳ぐらいになるとほとんど絵を描かなくなるようです。この辺りにも絵を描くことの秘密が隠されているように思います。

次回はいよいよ最終回。今描き進めている「猫」をテーマにした絵本について書くことになると思います。

今回の画像は2014年に目黒のmaruse B1galleryでの個展「在ることについて」の時のものです。

星のかなで at 枚方市岡東中央公園 4月29日(日)

連載中雲の行方

1

12月19日公開

絵と言葉・絵本『なみにのる』

鎌倉に住む大きな理由は波乗りができるということ。「絵を描くために波乗りが必要だ」という口実がぴったりな画家の久保田さんは、文字通り暮らしと波乗りと絵画が密接な関係で結びついた日々を鎌倉で過ごしています。2017年には初めての絵本『なみにのる』を上梓し、原画展も開催しました。絵に添えられた言葉と、その言葉が喚起するイメージ。それはまるでお互いを映し合う久保田さんと波乗りの関係のようです。

2

1月23日公開

自己紹介とか近況など。

漫画を描くのが好きだった幼少期、広告代理店勤務を経て、CM制作に携わった日々。そして、50代になり、そんな暮しから離れて鎌倉に居を移し、波と向き合って絵を描く暮らしが始まりました。波乗りをしながら波乗りの絵を描く、そのためには日々波に乗ることが必要だ、という完璧な生活の循環を思いつき、「死ぬまで絵を描く」と心に決めた久保田さんがたどり着いた心境とは…。

3

2月20日公開

見る・読む・聞く・絵画・言語・...

久保田さんが最近訪れた東京の展示を3つ紹介。「本という樹、図書館という森」「谷川俊太郎展」そして「坂本龍一with高谷史郎|設置音楽 2 《IS YOUR TIME》」。言葉、音、映像。それぞれ特性の異なる表現手段が、久保田さんの絵画にどのような刺激と共感を与えたのでしょうか。

4

3月20日公開

マンガをめぐる記憶。

手塚治虫、横山光輝、赤塚不二夫など、漫画の黄金時代に幼少期を過ごした久保田さん。中でも格別に心を惹かれたのは石森章太郎の作品でした。当時、実験マンガ『ジュン』の描き出す斬新な世界に魅了された久保田さんにとって、マンガは今でも絵画とはまた一味違った魅力を持ち続けています。

5

4月17日公開

わたしの絵画を支えている、いく...

久保田さんの絵を支えている4つの要素。デザイン、線、色彩、そしてモチーフ。それらは絵画の基本でありながら、今でも久保田さんを魅了して止まない絵画の魅力そのものです。絵を描くということは、自由なようで実はスポーツのようにルールに沿っています。しかしそれが何のスポーツなのか…絵が仕上がるまで描いている本人にもわからないそうです。