Fukuda Akinobu

フクダ・ロングライフデザイン 代表

大阪福島の工務店フクダ・ロングライフデザインの代表。かつて関西の現代アート界に一石を投じた私設美術館「天保山現代館」の館長を務めた経験から、従来の工務店にはなかったアートな視点で建築と向き合う。

美術館の記録と記憶

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4天保山現代館の軌跡

前回までのあらすじ

アートとテクノロジーを融合した新しいエンターテイメントを追求し始めた天保山現代館。独自のスタイルの展示を確立していきました。

独自の常設展示と企画展示

少予算でありながら、訪れる人に感動を与えられるためにはどうしたらいいのだろう?
そのひとつの答えが、常設展示と企画展示の併設でした。選りすぐりの常設展示作品によって純粋にアートで楽しみたいという観客の期待を裏切らず、なおかつ企画展示の独自の切り口によってアートのおもしろさや新鮮さを失わない情報を発信するというものでした。

期間が限定された企画展示は主に国内の若手の作家・作品郡で構成する。一方、常設展示は国内外の新進気鋭の作家で構成し、何度でも繰り返し体験したいと思わせる作品郡をコレクションする。

これは多くの美術館や博物館が取る手法ですが、予算の限られた現代館では自分たちの規模に見合ったやり方を模索する必要がありました。そこで、館長の私をはじめスタッフが皆、自ら動いて現代館を作り上げていったのです。例えば、作品の受け渡しは私がトラックで直接作家のもとに出向くことで、運搬経費の節約はもちろんのこと、作品の魅力を作家自身から聞き出せるといったメリットもありました。

天井高のある建物だったため、背の高い三脚に乗ってライティングの調整をするのは男性スタッフの仕事でしたし、当サイト(KAMAKULANI)のキュレーターである出来さんにはミュージアムショップチーフとして物販と図録などの制作に関わってもらいました。

そして、ただ来館者を待つだけではなく、戦略的に営業することも大切でした。体験型の作品が多いという特性を活かして、旅行会社や全国の学校に積極的に出向くことで、修学旅行や遠足のスケジュールに組み込まれる機会も増えていきました。

天保山現代館の企画展示の記録

ここで、天保山現代館で開催された企画展示を紹介します。

ビット・ジェネレーション96

1996.5.1~1996.9.1

世界初の商用テレビゲーム「コンピュータ・スペース」が1971年に発売されてから25年目にあたる年(96年)に開催されたこの展覧会は、テレビゲームを単なる遊びとして捉えるのではなく、一つの文化としてその進化史を振り返る本格的な企画となりました。

上:会場風景/下:コンピュータ・スペース

ホログラフィック・アートの世界展

1996.9.6.~1996.12.15

ゲストキュレーターにイギリスのパトリック・ボイド氏を迎え、イギリス、フランス、アメリカ、日本で活躍する9名のホログラフィーアーティスト作品33点で構成された貴重な企画です。

上:「HUXLEY’S DAY OUT」パトリック・ボイド/下:「Karluv Most」スティーブ・ウェインストック

大アート展

1996.12.6~1996.12.15(東京)1996.12.20~1996.2.3(大阪)

(株) ソニー・ミュージックエンターテイメントが1992年以降主催する「アート・ビジネス・オーディション」からの受賞作品展の初の大阪開催です。明和電機、八谷和彦らなど、数多くの若手アーティストを輩出してきました。

上:明和電機 第2回大正/下:「宮田二郎」鳥光桃代 @ソニー・ミュージック・エンターテインメント

美味しいアート展

1997.2.8~1997.5.25(前記)1997.5.26~1997.8.31(後期)

「食」をテーマにしたアート作品を発表する4名の現代作家による企画展です。食材であるという素材やモチーフのユニークさから観るものを楽しませてくれると同時に、現在の食文化の現実や抱える問題を如実の提示し、考えさせられる企画でもあります。

上:「モナリザ」小川忠彦/下:「Mellow Forest」謝琳

トリック・アート展

1997.9.6~1998.2.1

前身のSAMミュージアムが所蔵していた「騙し絵」作品約100点を中心に構成されたのがこの企画です。天保山現代館としての閉館も見据え、これまでの集大成としての展示である事はもちろんですが、多様化し難解化しつつあった現代アートへのオマージュとして「アートを楽しむ」という提言でもありました。

「位相空間の中の宇宙物理学者」小籔昭治

天保山現代館の常設展示の記録

1996年当時は、アートとサイエンス、アートとテクノロジーとが融合した最新の作品郡やインスタレーションでしたが、20年経った今では隔世のかんは否めません。
しかしながら、問題提議や非日常性など現代アートの果たす社会性的意義を含みつつも、観客を楽しませるエンターテイメントを忘れないその精神性は現代社会においても十分通用するだけのクオリティーを持っています。こんなインテリジェンスが高く、エンターテイメント溢れる場がまた生まれて欲しいものです。

最後に、そんな視点で世界からコレクションした愛すべき天保山現代館の常設展示作品をご紹介して、私の全4回のコラムを終えたいと思います。
ありがとうございました。

変容する彫刻(1993)

グレゴリー・バルサミアン氏(アメリカ)

バルサミアン氏は科学(サイエンス)と芸術(アート)を融合させた動く彫刻を数多く発表しています。円柱に取り付けられた無数のオブジェの回転と、ストロボライトの点滅に、人間の目の残像効果を組み合わせることにより生み出される幻想的な立体アニメーションは、見る人を現実と幻想が交互する世界へと誘います。

「変容する彫刻」1993, Gregory Barsamian

祈る手(1996)・Pieta(1986)

ジャスティン・ラダ氏(アメリカ)

ラダ氏は一点透視法を用いた作品を数多く制作しています。特定の場所から見ると立体的な図像が浮かび上がってきますが、動くととたんに崩れ始め抽象的な物体へと変化します。作品を通じて、物事の多面性の重要性を示唆しています。また、洗剤や食品の空箱を露出させ、消費文化・環境問題への皮肉が読み取れます。

「祈る手」1996, Justen Ladda

グラフィックイリュージョン(1996)

高田雄吉氏(日本)

成約が伴うデザインの仕事から開放され、古典的な錯視の原理を用いながら、どれだけ現代的な表現が可能なのかという課題に挑んだ天保山現代感のためのオリジナル作品です。これらはミュジアムショップでポストカードとして販売されました。

Watch Yourself(1994)

ティモシー・ビンクリー

彼の作品は、コンピュータと人の関わりによって初めて作品が完成するという、観客のインタラクティブ性の高いものでした。しかし、単に観客を楽しませるだけでなく、哲学的な発想を促す特徴を持っています。コンピュータを用いて名画という公的で非個人的な文化の象徴に、観客の個人的な参加を働きかけ、従来の伝統を打ち破り新たな発想の可能性を探っています。

エコーするナルシス(1993)

デビッド・ロクビー(カナダ)

ロクビー氏は、コンピュータを直感的でより人間の身体と結びついた存在に作り変え、人とコンピュータがコラボレートできるインタラクティブな作品を生み出しました。今では、ダンスなどのパフォーマンスや、重度の身体障害者のコミュニケーション手段として研究されるなど、アートの領域にとどまらない活用を見出しています。

「感応する音楽空間」David Rokeby

レインボーエコーⅢ(1996)・変形外科(1996)

エド・タネンバウム(アメリカ)

タネンバウム氏は、大学で芸術を先行する一方、電子工学やコンピュータ・プログラミングを独学で学びました。彼の制作する作品は観客が参加して初めて完成するというインタラクティブ性が前提となっており、コンピュータと人間のコラボレーションによって創りだされる美しい色、形や残像、ユーモラスなイメージは観客と芸術との距離を縮めるものです。

「レインボー・エコー3」1996, Ed Tannenbaum

Comment from the Curator

「天保山現代館」になってからコチラの美術館で働くようになりました。
なにもかも自分で考えた事、思いついた事は最初から最後まで自分の責任でする!っていう状況下でかなりいろんな事を鍛えさせていただきました。笑、、
「休暇を取ってN.Yに行きます。」と言った時も、「じゃ、ティモシー・ビンクリーの作品のフロッピーが壊れちゃってるから、大学に行って差し替えてもらって来て!」そんな事を簡単に頼まれていました。作家さんと言っても会ったこともないし、知らない場所だし、携帯電話もないし・・・まさに初めてのおつかい状態でした。でも、作品に対して関わり方が濃いくなる分、沢山の人に知ってほしい、見てほしい!という気持ちは確実に大きくなります。そのおかげで無意識でいることはイイ仕事に繋がらないって思うようになりました。
来館された方が記念に持って帰れるように作った図録がこの美術館で1番印象に残る、
カタチにした仕事でした。今回、この機会に久しぶりに開けて見てちょっと懐かしかったです。

三嶋さつき ピアノポスター by carbon 限定販売

美術館の記録と記憶

1

8月31日公開

SAMミュージアム(大阪ベイエリア)

前職は私設ミュージアムの館長という特異な経歴を持つ住宅工務店の福田さん。アートとビジネスの間で揺れた20代の日々と、天保山でかつて一世を風靡した『天保山現代館』と前身の『SAMミュージアム』の歴史を振り返ります。

2

10月27日公開

SAMミュージアムから天保山現代館へ

大学卒業後、思いがけずミュージアムの館長となった福田明伸さん。アートとビジネスの間で試行錯誤しつつも、『SAMミュージアム』の運営がようやく軌道に乗りはじめた頃…、阪神・淡路大震災をきっかけに転機が訪れます。

3

11月24日公開

天保山現代館 – 体験型アー...

SAMミュージアムから天保山現代館へ。まったく新しいアート体験を模索した福田館長(当時27歳)が、エンターテイメントとアートが融合したまったく新しい体験型美術館をつくるために、世界中をリサーチして回りました。

4

12月29日公開

天保山現代館の軌跡

かつて大阪の天保山にあった私設美術館「天保山現代館」。その記録と記憶を辿る連載の最終回では、元館長の福田さんが個性的で印象深い展示の数々の軌跡を辿ります。